「ポンパドール……」
「つまり僕ら全員、サイドの髪は残ってるでしょ。だから『髪型はリーゼント』っていう団の掟は、守れるってこと」
「まじかよ。リーゼント万歳!」
板垣が杖を振り回した。そして「板垣勇美から、今まで世話になったポンパドールへ捧げる、鎮魂の応援歌」と叫び、有名なプロレスラーの入場テーマを、ダジャレを交えて口ずさむ。
「イサミッ! ポンパイエッ! イサミッ! ポンパイエッ!」
さらに、顎をしゃくれさせ、似ても似つかぬクオリティーで「元気ですか!」と煽る。宮瀬が「病気がちです!」と応え、謎のコールアンドレスポンスが始まった。希さんも番台から降り、一緒になって金髪を振り乱している。
なんだこの光景は──。
あまりのくだらなさに、ため息混じりの笑いがこぼれた。「元気があれば何でもできる」なんて、昔は馬鹿にしていた。でも70歳の今は、身に沁みる。そして団の仲間と一緒にいると、その元気が戻ってくる気がした。
「そういえば、学ランはどうするんだ」
皆に尋ねる。髪型はいいとしても、団の学ランなんてもう手元にはない。
電池が切れたおもちゃのように、板垣がぱたりと動きを止めた。「好きな服でいいだろ」とぶっきらぼうに言い、赤いアロハを指でつまむ。
「学ランはなくしちまったしな」
「うそでしょっ。あの一張羅、なくしちゃったの?」
「誰への応援を、私たちに託したのか」
宮瀬がのけぞる。驚くのも無理はない。座右の銘の「ガンバレ」を背中に刺繍した学ランは、板垣団長の魂そのものだったはずだ。
「もう一度探してみたら? 大切な思い出の品でしょ」
宮瀬が心配そうに眉尻を下げる。
「別にいいっての。俺が勤めてた高校だって、生徒は私服も可だったからな。今流行の、アップデートってやつよ」
らしくない説明を重ねる板垣に、「『応援団たるもの、風呂に入るときも詰襟』と言ってたのはどこの団長だ」と横槍を入れる。
「ほう、詰襟か」
板垣が首を伸ばした。眉をくいっと上げ、アロハの襟を立てる。
「これなら、詰襟の伝統も守れる」
宮瀬が「ウィ」と首肯し、シャツの襟をスッと立てた。番台に戻った希さんも、ジャージのファスナーを首まで上げる。むむむ、私だけTシャツだ。
「いや、髪型や学ランなんてどうでもいい。いちばんの問題はこれだ」
私は遺書をテーブルに広げた。
「巣立は誰への応援を、私たちに託したのか」
「肝心の相手を書き忘れるなんて、巣立らしいけど」宮瀬が笑いながらメモ帳を取り出す。
「贔屓のプロ野球チームとか? なわけないか」
「逆に身近な奴だったら、俺らに託すなんて回りくどいことしねえもんな」
板垣の顔が険しさを増す。
「巣立湯を継いでくれる、希ちゃんのことだったりして」
急に話を振られ、希さんは「わたしではないですよー」と慌てたように答えた。
「巣立湯の常連客とかじゃねえか。例えば──」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら