70歳の3人組が高校時代の応援団を再起する日 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(3)

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「ポンパドール……」

「つまり僕ら全員、サイドの髪は残ってるでしょ。だから『髪型はリーゼント』っていう団の掟は、守れるってこと」

「まじかよ。リーゼント万歳!」

板垣が杖を振り回した。そして「板垣勇美から、今まで世話になったポンパドールへ捧げる、鎮魂の応援歌」と叫び、有名なプロレスラーの入場テーマを、ダジャレを交えて口ずさむ。

「イサミッ! ポンパイエッ! イサミッ! ポンパイエッ!」

さらに、顎をしゃくれさせ、似ても似つかぬクオリティーで「元気ですか!」と煽る。宮瀬が「病気がちです!」と応え、謎のコールアンドレスポンスが始まった。希さんも番台から降り、一緒になって金髪を振り乱している。

なんだこの光景は──。

あまりのくだらなさに、ため息混じりの笑いがこぼれた。「元気があれば何でもできる」なんて、昔は馬鹿にしていた。でも70歳の今は、身に沁みる。そして団の仲間と一緒にいると、その元気が戻ってくる気がした。

「そういえば、学ランはどうするんだ」

皆に尋ねる。髪型はいいとしても、団の学ランなんてもう手元にはない。

電池が切れたおもちゃのように、板垣がぱたりと動きを止めた。「好きな服でいいだろ」とぶっきらぼうに言い、赤いアロハを指でつまむ。

「学ランはなくしちまったしな」

「うそでしょっ。あの一張羅、なくしちゃったの?」

「誰への応援を、私たちに託したのか」

宮瀬がのけぞる。驚くのも無理はない。座右の銘の「ガンバレ」を背中に刺繍した学ランは、板垣団長の魂そのものだったはずだ。

「もう一度探してみたら? 大切な思い出の品でしょ」

宮瀬が心配そうに眉尻を下げる。

「別にいいっての。俺が勤めてた高校だって、生徒は私服も可だったからな。今流行の、アップデートってやつよ」

らしくない説明を重ねる板垣に、「『応援団たるもの、風呂に入るときも詰襟』と言ってたのはどこの団長だ」と横槍を入れる。

「ほう、詰襟か」

板垣が首を伸ばした。眉をくいっと上げ、アロハの襟を立てる。

「これなら、詰襟の伝統も守れる」

宮瀬が「ウィ」と首肯し、シャツの襟をスッと立てた。番台に戻った希さんも、ジャージのファスナーを首まで上げる。むむむ、私だけTシャツだ。

「いや、髪型や学ランなんてどうでもいい。いちばんの問題はこれだ」

私は遺書をテーブルに広げた。

「巣立は誰への応援を、私たちに託したのか」

「肝心の相手を書き忘れるなんて、巣立らしいけど」宮瀬が笑いながらメモ帳を取り出す。

「贔屓のプロ野球チームとか? なわけないか」

「逆に身近な奴だったら、俺らに託すなんて回りくどいことしねえもんな」

板垣の顔が険しさを増す。

「巣立湯を継いでくれる、希ちゃんのことだったりして」

急に話を振られ、希さんは「わたしではないですよー」と慌てたように答えた。

「巣立湯の常連客とかじゃねえか。例えば──」

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