私が患者から直接耳にした実話を紹介しよう。ある地方での出来事である。肺に違和感を抱いた高齢者が、地元では最大級の総合病院を訪ねた。大がかりな精密検査をし、数日後、病院を再訪すると40歳前後の若い医師が対応してくれた。
そしてその場で、「肺がんが進行しており、余命は半年ですね。あなたの年では手術も無理ですし」と、さらりと言われたという。患者は医師の心ない形式的な対応に憤慨し、怒りに震えながら診察室を後にした。そして、絶望感から末期の治療を受けることはなかった。
インフオームドコンセントを専門的に研究する私にとって、この出来事の評価はなかなか難しい。なぜなら、たとえがんであろうとも、現在は「告知をする」という方向に動いているからであり、告知自体は正しい行為と言えるからである。
「物語に基づく医療」とは
ただ、医師の職業倫理指針にもあるように、直ちに真の病名や病状をありのまま告げることが、患者に過大の精神的な打撃を与え、その後の治療の妨げになるような場合、真実を告げないことも許されるのである。
医師の置かれている現状はといえば、告知しなかったことで訴訟を起こされることがあるし、逆に告知したことで訴訟を起こされることもある。どうすべきかの判断は難しい。ただこの事例で言えば、患者にストレートに告知する前に、まず家族に告知し反応を見るなど、何か方法があったはずだ。余命半年の高齢者の身になり、少しでも彼の心に寄り添うことはできなかったのだろうか。
関連の話として、やや専門的になるが、診療の概念としては大きくEMBとNBMがある。EBMは、Evidence based Medicine の略語であり、「根拠に基づく医療」のことで、医師が有する医学的知識と経験的技術が重視される。一方NBMは、Narrative based Medicine の略語。「物語に基づく医療」のことである。
物語に基づく医療は、患者が医師との対話を通じ語る病気の原因や経緯、さらに自身の病気について今どのように感じているかなど、患者自身の物語からアプローチする手法のことである。本問で言えば、後者のNBMの考え方を論じられれば、評価は得られたのではないか。
ちなみに私が指導し正規合格した学生は、私の基礎医学概論の講義でNBMについて触れていたにもかかわらず、「人々に対する海の影響力と医学のNBMを結びつけることなど思いもよらなかった」と語った。それだけハードルの高い問題なのかもしれない。
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