「24年間の緩和」を後始末する植田日銀の呪縛 将来を約束し効果を前借りする金融政策の末路

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アメリカではコロナ禍から経済が回復し始めた2021年にインフレ率が上がり始めていたが、FRBは「一時的なもの」と静観した。ところがインフレは加速し、FRBは2022年に入って急激な利上げに転じた。

後手に回った背景にFRBの「オーバーシュート型コミットメント」がある。将来を約束することで緩和効果を狙う政策の一種だ。2%インフレ目標の達成は中長期の平均で目指すとし、景気が低迷して2%を下回った後の景気回復時には、2%を上回ることを許容する。

FRBが慌てて金利を引き上げてもインフレはなかなか収まらず、今度は「この先も利上げを続ける」とアピールして景気の過熱を冷まそうとした。そこに3月、シリコンバレーバンクの破綻が起きた。信用収縮が利上げとあいまって景気悪化を招きかねず、「先々の金利判断は状況次第」というスタンスに立ち返らざるをえなかった。

約束を守ることの害、破ることの害

かつての日銀の時間軸政策も、「約束を守るか、情勢が第一か」という局面を迎えたことがある。2000年8月のゼロ金利解除のときだ。

当時、審議委員だった植田氏は反対票を投じた。約束通り「金利を上げる局面でもゼロ金利を続ける」ことが念頭にあったのだろう。当時の金融政策決定会合では「(インフレ率などから判断する適正金利が)もう少しはっきりプラスになるまで待つことにある程度の魅力を感じる」と述べている。

一方、総裁、副総裁はじめ賛成多数でゼロ金利解除が決まったのは、約束を守ることより、解除が可能な情勢であれば解除すべきとの考えからなのだろう。「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」という約束の文言の曖昧さもあった。

しかし、一度約束を破った後で、再び将来の緩和効果を前借りするには、より縛りの強い約束をせざるをえない。行き着いたのが異次元緩和の長期国債保有と出口の封印であり、長期金利操作であった。

黒田日銀の10年について、植田氏は就任会見で「私が(その時期に)仮に総裁であったら決断できなかったかもしれないような思い切ったことをされた」と評した。黒田前総裁が約束の重みを感じていたのかどうかは疑問だ。

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