MMTはインフレで本当に「オワコン」になったのか 「デマインドプル」と「コストプッシュ」の違い

拡大
縮小

政府支出を拡大すれば、需要が拡大する。政府支出の拡大によって、需要が供給能力を超えて増大すれば、デマンドプル・インフレが発生する。

したがって、MMTが、政府支出の限界とみなす「インフレ」とは、あくまでデマンドプル・インフレのことであって、コストプッシュ・インフレとは関係がない。

例えば、ロシアのウクライナ侵攻によって、エネルギーや食料の価格が高騰している。これは、コストプッシュ・インフレである。このコストプッシュ・インフレの原因は、あくまでロシアであって、日本政府の財政赤字のせいではない。

実は、久保田氏は、現下のインフレについて、コロナ禍の収束による経済の回復過程で、人手不足や物流の停滞など「サプライチェーン問題」が起き、これにロシアのウクライナ侵攻が追い打ちをかけたことで発生したと書いている。

この分析自体は正しいが、これは、「コストプッシュ・インフレ」の説明に他ならない。

容易ではない「コストプッシュ・インフレ」対策

要するに、現下のインフレは、コストプッシュ・インフレなのである。

『どうする財源ーー貨幣論で読み解く税と財政の仕組み』(祥伝社新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

したがって、このインフレは日本政府の財政赤字とは何の関係もないのであって、これをもってMMTを批判するのは、お門違いというものだ。

では、「コストプッシュ・インフレ」を克服するには、どのような政策があり得るだろうか。

実は、「コストプッシュ・インフレ」対策は、容易ではない。

例えば、エネルギー、食料、労働力の供給不足がコストプッシュ・インフレ原因である場合は、それらの供給拡大が解決策となろう。

しかし、エネルギー、食料、労働人口のいずれも、短期間で供給能力を増やすことはできない。だから、コストプッシュ・インフレ対策は困難なのである。

それでも、政府は、時間をかけて、エネルギー、食料、労働力の供給能力を拡大すべく、大胆なエネルギー政策、食料政策、少子化対策などを実行していかなければなるまい。

そのための「財源」は?

だから、自国通貨を発行できる政府に、「財源」の制約はないのだ!

では、税とは、何のためにあるのか。

国家財政は、どのように運営すべきなのか。

そもそも「貨幣」とは何であるか。

そして、「資本主義」とは、どういう仕組みの経済システムなのか。

これらの疑問については、拙著『どうする財源-貨幣論で読み解く税と財政の仕組み』で、わかりやすく答えているので、参照されたい。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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