尹錫悦政権を日韓改善に走らせた韓国の内憂外患 ウクライナ侵攻と米中対立で半島情勢は一変

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こうした安全保障環境の悪化は韓国国内の世論に影響を与えた。

韓国の各種世論調査結果を見ると、韓国が独自に核を保有すべきだという回答が軒並み7割を超えている。一方で、半島有事の際にアメリカが核抑止力を行使するなどして韓国を守る「拡大抑止」については信頼性が下がり、半数近くが「アメリカは韓国を守らない」と回答している。

つまり、米韓同盟が信用できないから、北朝鮮に対抗して韓国も独自に核兵器を開発して配備すべきだという空気が強まっているのだ。これは極めて危なっかしい話である。

アメリカの軍事力を頼り、日韓関係改善

尹政権は政権発足直後から伝統的な「バランス外交」を踏み出して、外交政策で大きく舵を切らざるをえなくなった。自国の安全保障のためにも、ウクライナ戦争でアメリカを中心とする西側諸国に歩調を合わせるとともに、米韓同盟を強化しアメリカによる拡大抑止をより信頼できるものにしていかなければならない。

そのためには、かねてアメリカが求めている日韓関係の改善が不可欠になる。尹政権が徴用工問題で現金化を阻止するだけでなく、解決策を打ち出して日韓関係改善に動いたのは当然だろう。

外交など主要なスケジュールを見ると、尹錫悦大統領の動きは入念に計算されているようだ。

徴用工問題については、政権発足後わずか2カ月後の2022年7月に「官民協議会」を発足させ、原告やその支援団体との協議を始めた。一方で、日本との間では水面下の交渉を高い頻度で続けた。解決策の公表は3月6日で、中国の国会にあたる全国人民代表大会開幕の翌日だった。習近平国家主席が自らの足元を固める重要なイベントの最中に重なっている。

そのわずか10日後に日本を訪問し、首脳会談でシャトル外交の復活など日韓関係の改善を強烈に印象付けた。この成果を掲げて尹大統領は4月末に国賓としてアメリカを訪問し、バイデン大統領との間で米韓同盟強化を話し合う。さらに5月には広島のG7サミットに招かれる見通しだ。

徴用工問題の決着を皮切りに、尹錫悦政権は外交で一気に走り、韓国を取り巻く安全保障環境の悪化に歯止めをかけようとしている。韓国外交の大転換といえるだろう。

もちろん、外交関係の転換が直線的に進むとは限らない。日韓関係も改善の方向に動き出したというのが正確な表現だろう。

とはいえ、尹政権の外交の転換は、日本にとっても東アジアの安全保障にとっても好ましい変化である。日韓関係の改善を着実なものにするとともに、韓国外交の転換を安定させ定着させるためにも日本の努力が不可欠である。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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