それでは1カ月以内、日々の単位では、ベースマネーを日銀がある程度制御可能とはどういうことか。
これは日々の単位では、預金準備は法定準備に等しい必要性はないということによる。従って、日銀は預金準備を減らすことによってベースマネーを減らすことができる。この時、民間の銀行は準備を積もうと焦ってコールレートを引き上げることとなる。すなわち、ごく短期では教科書どおりベースマネーの動きが金融調節の出発点なのである。
しかし、先に述べたようにこのベースマネーの制御可能性は1カ月から数カ月の程度では大きく縮小し、長期ではまた復活する。金融政策の議論はその前提となっている時間単位、あるいは異なった時間単位をつなぐ動学的な動きに関する注意、ないし理解の不足によって混乱することが多い。
裁量的政策運営の短所
ベースマネー・コントロールはどの程度現実性があるのだろうか。
文字どおり、ベースマネーの伸び率を一定に保つというような政策は、ベースマネー需要の金利感応度が短期的には低かったり、金融政策以外の要因でベースマネー需要が大幅に上下することから、大幅な金利変動を引き起こす可能性が強い。多くの中央銀行はこれを望ましくないと考えているようだが、その原因は十分に解明されていない。岩田論文も残念ながらそこまで深入りはしていない。
ここではベースマネー・コントロールは不可能ではないが、あまり望ましくないと結論しておこう。
それでは短期金利コントロールによる金融政策は万能だろうか。
さまざまな問題がある。
すでに述べたように、出発点は金利であっても、中長期的には金融政策は貨幣供給量に強い影響を及ぼす。従ってその動向に中央銀行は責任がある。
1970年代初めのインフレーションについて、某日銀関係者はベースマネーの増加はインフレの結果であり、原因ではないとのコメントを発表した。
ベースマネーの供給は、短期的には需要の動きに対して受動的に対応するものであるという意味では、このコメントは正しい。しかし、ベースマネー需要の動向に、金利の低め誘導という金融政策が決定的な影響を与えたという点も合わせて指摘されて初めて、バランスのとれたコメントとなる。
このように貨幣供給量が短期的に内生変数であるという議論は、金融政策の失敗を隠ぺいするために使用される危険がある。
名目金利を重視した政策運営は、岩田氏も指摘しているように、インフレ期に失敗を犯しやすい。インフレ率が上昇する時には、名目金利が上昇していても実質金利は低下、すなわち緩和基調の政策が続けられているという可能性があるからである。しかし、この点はインフレ率に注意を払いつつ、名目金利を誘導するという政策で対応可能だと思われる。
短期金利コントロールを金融政策の出発点におきつつも、貨幣供給量をもっと重視した金融政策運営も可能である。貨幣供給量の中長期的な伸び率について目標範囲を定め、これから現実の伸び率がずれた場合には、短期金利の誘導水準を変更すればよい。このような政策運営は中央銀行の裁量の余地を狭めるという短所を持つが、同時にそれゆえの長所も併せ備えている。
例えば、中央銀行が誤った景気判断を持ち、それゆえに金融政策を誤った方向に誘導してしまうということが避けられる。また、金融政策に対する不必要な政治的介入を避けることができる。
実際、過去20年程度の期間で、日銀の金融政策運営が失敗したのは主にこの2つの点で裁量的政策運営が短所を発揮した時である(拙著『国際収支不均衡下の金融政策』参照)。フリードマンらのマネタリストが、量を重視したルールに基づいた政策運営を提唱したのも、このような点に配慮したからである。



















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