世論が「大胆な金融緩和」を求める中で生まれた政府・日銀の共同声明。日銀の苦渋の選択の結果であるこの文書を、10年後の今どう位置づけるべきか。前日銀総裁による特別寄稿を4回に分けてお届けする。
2013年1月22日、「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」と題する文書が内閣府、財務省、日銀の連名で公表された。「政府・日本銀行の共同声明」である(以下、「共同声明」)。最近のインフレや円安傾向に加え、本年春に日銀の正副総裁の任期が来ることもあり、2%物価目標を含め今後の金融政策運営のあり方をめぐる議論が活発化している中で、「共同声明」が話題になることもこのところ増えている。
思えば「共同声明」が公表された10年前の今頃は2%物価目標をめぐって日本の社会全体に大きな嵐が吹き荒れ、最大風速を記録したときであった。この嵐にどう対処するかは私が日銀総裁在任中に直面した最も難しい課題の1つであり、どのように行動することが日本の将来にとって最も望ましいかを懸命に考えた。それだけに、その後も私は「共同声明」をめぐる動きにはひときわ強い関心を持ち続けてきた。
「共同声明」とはいったい何だったのか、そして今後仮に金融政策運営を見直すとした場合、「共同声明」はどう扱うべきだろうか。これらの問いをめぐって、10周年というタイミングで現在感じていることを述べるのは、文書の作成に関わった一人の当事者として歴史への義務だと思い、この小論を書くことにした。
吹き荒れた嵐
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