「特急が停まらなくなった」残念な私鉄駅の共通点 昔は停車していたのに…どんな理由があったのか
【向ヶ丘遊園駅 小田急小田原線 2018年まで停車】
1935年より運行されている小田急の特急は、長らく新宿―小田原間をノンストップで走っていたが、1966年に初の途中駅停車タイプの特急が登場した。「さがみ」と名付けられた列車の停車駅は新宿、向ヶ丘遊園、新松田、小田原となった。
向ヶ丘遊園は、当時駅から徒歩15分ほどの場所にあった遊園地の最寄り駅。「さがみ」が登場する1カ月ほど前に小田急の駅と遊園地の正門までを結ぶモノレールが開業したことから、遊園地の利用客に展望席のある特急車両「ロマンスカー」を楽しんでもらおうという意味合いがあったと思われる。
新松田は御殿場線の乗換駅。小田急と御殿場線を直通する列車はすでに運行されていたが、御殿場方面への観光客や、山北など丹沢方面のハイキング客の利用が多く、全車指定席の直通列車は満席の日も多かったのだろう。「さがみ」の新松田発着の時刻を見ると御殿場線との接続が考慮されていることがわかる。
観光客の利用を見越して特急停車駅となったが、2000年にモノレールが廃止、2002年に遊園地が閉園となると状況が大きく変化。2002年には特急停車駅にもかかわらず、向ヶ丘遊園を通過する湘南急行が登場。2004年には湘南急行に代わって向ヶ丘遊園を通過する快速急行が登場。特急が止まるのに特急券を買わずに乗れる列車が通過する駅となった。
一方の新松田は停車するロマンスカーが徐々に減少。御殿場線との連絡も特に考慮されないダイヤとなっていった。
そして2018年、向ヶ丘遊園と新松田に停車する特急が消滅した。ただ御殿場線との直通特急は現在も運転され、隣接する松田に停車するので、特急が停まらなくなったのは向ヶ丘遊園だけと言えるだろう。
釣り客のために特急を停車
【新古河駅 東武日光線 1940年代に停車】
1940年代、いわゆる戦前と呼ばれる頃の時刻表を見ると、東武日光線を走る特急の一部電車が新古河に停車している表記を見ることができる。
近くを渡良瀬川が流れ、すぐ下流に利根川との合流ポイントがあるこのエリアは、昔から多くの釣り客が訪れていた場所。おそらくレジャー目的の利用者に特急を使ってもらおうと停車させたと思われる。
現在、近くの板倉東洋大前もゴルフ場の利用客を見込んで特急を一部停車させているが、日光・鬼怒川エリア以外のレジャー客を取り込むという考えは当時から脈々と受け継がれていると言っていいだろう。
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