廃止20年でも人気、「レールバス」保存活動の軌跡 鉄道ファンの熱意が地元関係者を動かした

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2002年の廃止後、レールバスは旧七戸駅構内で動態保存された(写真:南部縦貫レールバス愛好会)

かつてJR東北本線(現・青い森鉄道線)野辺地駅と七戸駅の20.9kmを結んでいた青森県の南部縦貫鉄道はマニュアル変速機を搭載したレールバスが走る路線として有名だった。

1997年に休止され2002年に廃止となるが、廃止から20年を経た2022年現在でも旧七戸駅構内では、2両のレールバスやディーゼル機関車など現役当時の車両が動態保存されており、定期的に開催される体験乗車会や撮影会などのイベントでは多くの来訪者を集めている。

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国策に翻弄された南部縦貫鉄道

「この鉄道は自分が保存する」――。

一般社団法人南部縦貫レールバス愛好会で代表理事を務める星野正博さん(55歳)は、四半世紀前の1997年5月5日、野辺地駅で七戸駅へ向かう最終列車を見送り決意を固めた。「レールバスが機関庫に戻り扉が閉じられると自分の中の南部縦貫鉄道も終わりになると思い、最終列車を七戸駅まで見届けることができなかった」と当時を振り返る。

南部縦貫鉄道は、鉄道建設による沿線開発を目的として当時の七戸町や天間林村などの周辺自治体や住民による出資により1953年に設立された会社で、その後、東北地方の殖産興業を目的とした国策会社、東北開発の追加出資を経て1962年に南部縦貫鉄道線を七戸駅まで開業させた。

当初は、十和田観光電鉄の十和田市駅まで路線を延伸する計画があったほか、東北開発出資の「むつ製鉄」事業に関連して天間林村の砂鉄をむつ市まで鉄道輸送する構想もあったが、1965年に「むつ製鉄」計画は頓挫。貨物列車による砂鉄輸送はほとんど実現することはなく、旅客列車についても並行道路を走るバスからシェアを奪えず、南部縦貫鉄道は、鉄道線の開業からわずか4年後となる1966年に会社更生法の適用を申請し経営破綻した。

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