純文学の登竜門「芥川賞」意外に知らない創設背景 日本一有名な文学賞、第168回は1月19日に発表

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繊細な芥川に寄り添うことができなかったと、菊池はある日の出来事が忘れられなくなった。それは、いつものように座談会を行ったのち、菊池が自動車に乗り込もうとしたときのことだ。芥川がちらりと視線を送ってきた。その眼には、異様な光が走っていた。

「芥川は僕と話したいのだな」

菊池は親友の異変を感じつつも、仕事が多忙だったため、声をかけることはなかった。しかし、それが、菊池が芥川に会う最期のときとなってしまう。1927(昭和2)年7月24日、芥川は薬品を飲んで、自ら命を絶った。

自殺前に二度も菊地のもとを訪ねていた芥川

友の自殺に衝撃を受けた菊池。のちに新たな事実を知る。

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あの座談会のあと、芥川は二度も菊池を訪ねていたが、菊池が不在だったため、帰っていったのだという。それが、自殺するわずか数週間前のことであった。

あのときになぜ声をかけなかったのか。きちんと会って話したかった――。後悔してもしきれない思いが菊池に残った。芥川の葬式で、菊池は嗚咽しながら、弔辞を読み上げ、こう結んだ。

「友よ、安らかに眠れ!」

友の死から8年後、菊池は「芥川賞」を設立。日本で最も有名な文学賞として、今でも若き作家を世に送り出し続けている。

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は 『偉人メシ伝』 『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』 『日本史の13人の怖いお母さん』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』(実務教育出版)。「東洋経済オンラインアワード2021」でニューウェーブ賞を受賞。

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