なぜか「負けにくい人」がしたたかに実践する習慣 最強の囲碁棋士が語った「確実に勝つ」極意

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ただし、僕がトップ棋士以外の棋士に対して8割を超える勝率だとしても、決してすべてが完勝というわけではありません。碁の内容だけを見たら、半分くらいは互角で、僕が負けていてもおかしくない碁ばかりです。プロ同士ですから、力量自体にそんなに差があるわけではありません。ほんのわずかな違いがあるだけだと思います。

実力に大きな差はないわけですから「絶対に勝たなくては!」とガチガチに硬くなっていては、かえってそこにつけ込まれ、負けにつながる可能性が高くなってしまうでしょう。かといって「一気につぶしてやれ!」と必要以上に力んでは、どこかに隙が生じてカウンターパンチを食らう可能性が生まれてしまいます。どちらも、自分より下位相手に確実に勝つことを目指す者のとる姿勢ではありません。

勝負を焦らず、息長く打つ

張栩さん(撮影:朝日新聞出版写真映像部・東川哲也)

では、どうすればいいのか。答えは「負けにくい碁を打つこと」です。

「負けにくい碁」とは具体的にどういう碁を指すのかというと「勝負を焦らず、息長く打つ」ということです。

下位の相手だと、ついつい相手を侮る気持ちが生まれ「早くやっつけてしまおう」などと思いがちですが、こうした気持ちはマイナスにはなってもプラスになることは絶対にありません。

実例を挙げましょう。妻の泉美が、僕に話してくれたエピソードです。

泉美が女流本因坊や女流名人のタイトルを持っていた6、7年前、毎年のようにNHK杯戦(日曜日のお昼に教育テレビで放送している番組棋戦)で並み居る男性棋士をなぎ倒していたことがありました。

男性棋士の側からすれば「女流に負けるわけにはいかない」という一方的なプレッシャーがありますから、心理面で泉美にアドバンテージがあったことは確かです。しかし、それだけの理由で好成績が収められるはずもありません。

テレビ棋戦という放映時間(1時間40分)の決まった番組ですので、序盤で失敗して短手数で終わっては番組にならなくなってしまいます。とにかく「五十手までは互角に打つ」ことを目標にして毎回対局に臨んでいたということです。

自分よりずっと格上の棋士との対局ですから「勝ってやろう」とか不相応な目標でなく「五十手まで」という謙虚な目標設定は間違っていないかもしれません。

そうはいっても五十手まで互角に打つことは簡単ではありません。ただ、序盤から派手な手を選んだり、一か八かの奇襲攻撃をしたりしても格上の人には確実に咎められてしまいます。地に足の着いた着実にポイントのある手を打つのが一番勝負を長く続けられ、それが一番棋理にかなっているということです。

そして、その作戦で何度か対局して好成績を収めるようになって気づいたことは「五十手過ぎても形勢が互角だと、逆に上手の先生は焦りを感じて、形勢を早く良くしようと無理な手を打ってくる」ということだといいます。

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