[Book Review 今週のラインナップ]
・『〈サラリーマン〉の文化史 あるいは「家族」と「安定」の近現代史』
・『オシント新時代 ルポ・情報戦争』
・『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』
・『世界を変えた建築構造の物語』
評者・関西大学客員教授 会田弘継
かつて日本の分厚い中間層の代名詞のように使われた言葉「サラリーマン」。他方で「安定志向」や「凡庸さ」を暗喩してもいた。30年にわたる経済の長期停滞の果てに不安定な雇用がはびこる現在、はたして「サラリーマン」が表象するイメージは何なのか。力作を読みながら考え込まされた。
本書が扱うのは、明治初期から高度成長期の始まりまで。士族階級をルーツとし「洋装紳士」や「腰弁」と呼ばれた初期サラリーマン層の登場から、山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』が直木賞を受賞した1962年までの時代だ。各時代に現れた文学作品を軸として、漫画や写真などさまざまな文化表象に、当時のサラリーマンの心情と彼らを見る人々の目が、どのように反映されたかを描きだす。
没落士族から「江分利満氏」まで 各時代が反映した日本人の心情
分析の軸となる文学作品は二葉亭四迷『浮雲』、岸田國士『紙風船』、中村正常『女学生気質』、菊田一夫『君の名は』、源氏鶏太『三等重役』、そして『江分利満氏──』だ。
白眉は『江分利満氏──』を題材とする「終章」だ。山口瞳が描く戦中世代の一サラリーマンの生活と回想に、当時の日本人のどのような心情が反映されたかを示す。本書にかける著者の思いが伝わる章である。日本が第2次世界大戦後の荒廃を乗り越え、64年の東京五輪開催で近代化という明治以来の大目標に一応の区切りをつける間際。われわれの父母、祖父母の世代のことで、身近でもある。この終章から読み始めてもよいかもしれない。
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