[Book Review 今週のラインナップ]
・『格差の起源 なぜ人類は繁栄し、不平等が生まれたのか』
・『ケルトの解剖図鑑』
・『100年企業のすごすぎる製紙工場』
・『ニッポン秘境路線バスの旅』
評者・大阪大学教授 安田洋祐
近年、人類の誕生から現在までの約30万年の道のりをたどる大作が、歴史学、生物学、心理学などの研究者たちによって数多く出版されている。
経済学者である著者は、人類史の大いなる謎である成長と格差の難問を解き明かすため、グランドセオリーの構築に挑み続けているパイオニアだ。本書は、彼の数十年におよぶ研究成果をわかりやすくまとめた集大成で、いわば経済学版『サピエンス全史』といった野心作だ。
経済成長と格差の謎に迫る「統一成長理論」創始者の集大成
人類は30万年の歴史の大半において極貧だった。暮らしが少し豊かになるたびに人口が増え、結局、1人当たりの生活水準は生存可能なギリギリの線に戻ってしまうからだ。「マルサスの罠」と呼ばれるこの経済的停滞が、ほんの200〜300年前まで人類にとっては当たり前だった。
一方で、いったんこの罠を抜け出し経済成長を経験した地域は加速度的に豊かになり、もとのギリギリの暮らしに戻る気配はない。これが今なお国家間に大きな経済格差をもたらしている。では、なぜ人類は繁栄し、そして不平等は解消されないのだろうか。
成長の謎に迫る第1部では「人的資本の形成」がカギであると説く。少しネタバレをすると、ひとたび経済の産業化が始まると技能と知識への需要が高まり、親は子の養育や教育への投資を増やそうとする。この人的資本への投資が経済成長と出生率の抑制を同時にもたらし、結果的にマルサスの罠からの脱出を可能にする、という筋書きだ。
マルサスの罠から抜け出す前の超長期停滞期と、抜け出した後の持続的成長期を首尾一貫した1つの理論で説明する「統一成長理論」は、本書の白眉ともいえる分析だろう。理論に加え、現実のデータから実証的に仮説の妥当性を検証している点も秀逸である。
第2部は、現代においても残る格差の謎に迫る。そこでは、制度的・文化的・地理的要因に加えて「社会の多様性」が、格差を生み出す根源的な要因として挙げられる。
人類誕生の地であるアフリカからの移動距離が長いほど多様性の水準が下がる、という著者の大胆な仮説への評価は読者に委ねたい。しかし、多様性の高い社会は信頼や結束の形成に苦労し、均質な社会は知的な「他家受粉」から恩恵を得ることが難しいという指摘には首肯する。各国の実状を無視した政策介入は実を結ばないという警句も重く受け止めるべきだろう。
現実の政策形成を考えるうえでも示唆に富む、著者の深い洞察を堪能してほしい。
[著者プロフィル]Oded Galor/米ブラウン大学経済学教授。アカデミア・ユーロペアの外国人会員(名誉会員)。計量経済学会の選出フェロー。『経済成長ジャーナル』の編集長を務める。「統一成長理論」の創始者。本書は30カ国で刊行予定の世界的話題作。