老子の教えは社会を生き抜くための謀略術だった 「あるがままでいい」という解釈は現代の誤解

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法則の意味について、ここでいったんごく簡単に説明すれば、「プラスの世界」とは競争の世界、「マイナスの世界」とは不争の世界のこと。プラスの世界にいる限りは、その人間がいくらうまく行動をしようが、いずれは不幸になるし早く死ぬ、というのが彼の結論でした。

彼に言わせれば、当時の権力者や知識人は、人間の意志と行動の力を盲信するあまり、この法則の持つ力に気がつかずに死期を早めている愚かな人間ばかりだったのです。

哲学から常識に反する謀略術へ

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ただし、ここで「そういうものだ」という抽象的な哲学に終わることがなかったのがすごいところです。

さらに『老子』の思想は、その後の「続く老子たち」によって、この「道」の法則をいかに利用するか? という方向へと内容を発展させていきます。

そして、その結果として生まれたものこそ、自分の身を安全圏に置きながら、物事を成し遂げる独特の謀略術であり、我々が現在目にする『老子』という書なのです。

では、『老子』の謀略術とは、具体的にはどのような内容のものだったのか? 『老子』の中には、次のような言葉があります。

古の「道」を握って、それによって今の物事を制御する(古の道を執りて、以て今の有を御す)(第十四章)

すなわち、『老子』の教えとは、天の持つ力を尊重する古の教えを実践的な謀略術として復権させたもの。

そして、結論を先取りすれば、『老子』にとっての「道」とは、人々の「感情」の動きを通じて世界を司る存在でした。だからこそ、『老子』謀略術では、社会にある感情の動きを把握し、利用することをなによりも重要視する。そして、それを効果的に実行するための基本戦略こそが、かの有名な「柔弱」という教えだったのです。

高橋 健太郎 作家

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たかはし けんたろう / Kentaro Takahashi

作家。横浜市生まれ。上智大学大学院文学研究科博士前期課程修了。国文学専攻。専門は漢文学。古典や名著を題材にとり、独自の視点で研究・執筆活動を続ける。近年の関心は、謀略術、処世術、弁論術や古典に含まれる自己啓発性について。著書に『鬼谷子』(草思社文庫)、『どんな人も思い通りに動かせる アリストテレス 無敵の「弁論術」』(朝日新聞出版)、『言葉を「武器」にする技術 ローマの賢者キケローが教える説得術』(文響社)、『哲学ch』(柏書房)など多数。

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