なぜ工藤監督は、茶髪もガムも禁止するのか メジャー帰りの松坂投手も特別扱いしない

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現役時代は、西武を皮切りに、ダイエー、巨人、横浜など、4球団を渡り歩いた。実働29年で通算224勝142敗3セーブ。現役引退する2011年まで、3チームでリーグ優勝&日本一を成し遂げて〝優勝請負人〟と称された。

「取材される側」と「取材する側」の両面を知り尽くす

一流プレーヤーにありがちだが、若手といわれた時期は、記者仲間の間では取材しづらい1人だったようだ。

2012年から「日刊スポーツ」の評論家、テレビ朝日の『報道ステーション』でプロ野球担当キャスターとして出演。朝日放送制作の『甲子園への道』『熱闘甲子園』で司会を務めるなど、3年間の充電生活を送ってきた。

高校球児を取材して、自身がもっとも伝えたいことを、テレビで放映されるように、数分間の「尺」のなかでまとめ、視聴者に端的に語るのは修羅場だったという。

だが、この苦労で「取材される側」と「取材する側」の両面を知り尽くした。社会で生き残る厳しさを体験したことは、前述した厳禁事項が示すように、現場トップに就いてからの決断に大きく影響している。

ホークスの昨季のチーム打率2割8分は12球団トップだ。内川聖一、松田宣浩、李大浩、柳田悠岐、今宮健太ら脂の乗りきった打者がそろっている。投手陣も、攝津正、中田賢一、スタンリッジ、五十嵐亮太らレベルが高い。

そこに今シーズンはもう1つの〝目玉〟が加わった。メジャー帰りの松坂大輔だ。

西武ライオンズ時代は、新人王、最多勝3回、最多奪三振4回、最優秀防御率2回、沢村賞獲得など、日本球界を代表する堂々たるエースだった。

松坂は2006年オフ、ポスティング・システム(入札制度)でボストン・レッドソックス入り。いきなり15勝、18勝で2年連続二ケタ勝利も、その後は尻すぼみだった。2011年には右肘手術のアクシデントに見舞われ、リハビリを強いられる。

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