「悪魔の詩」著者襲撃が極めて難しい問題なワケ 「表現の自由」はどこまで認められるべきか

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表現の自由をめぐる緊張が一気に高まったのは、著述家団体ペン・アメリカが2015年、フランスの風刺新聞シャルリー・エブドにその勇気をたたえる賞を贈ると決めたときだ。同紙はフランスのイスラム過激派テロリストの襲撃でスタッフ12人が殺害された後も、発行を続けていた。

ところが、シャルリー・エブドは人種差別や反イスラム的な風潮を助長しているとして、6人の著述家がペン・アメリカのイベントのホスト役を辞退。これに続いて、140人を超える著名な著述家がシャルリー・エブドをたたえる賞に抗議する書簡に署名する事態に発展した。

こうした抗議活動にラシュディは激しく反応した。「これ以上、彼らに続く人間が出ないことを願う」とラシュディはニューヨーク・タイムズに語った。ホスト役を辞退した6人の中にはラシュディと仲の良い人物も含まれていたが、ラシュディはツイッターで彼らを口汚くののしり、「ちょっとした人物になりたい6人の作家たち」とくさした。

作家仲間が語る「ラシュディ担ぎ」への違和感

ラシュディが12日に襲撃されると、多くの作家や各国のリーダーが直ちにラシュディへの連帯を表明した。フランスの大統領エマニュエル・マクロンは、ラシュディは「憎悪と野蛮の力」に対する「自由と啓蒙の戦い」を体現する存在だと語った。

だが、ラシュディに近い人々には、表現の自由をめぐる激しい政治論争に今回の事件が瞬時に利用される展開に抵抗を覚える向きもある。2013年に『悪魔の詩』の朗読会に参加したことが原因で、インドで4件の訴訟を起こされたと語るイギリス生まれの小説家ハリ・クンズルに取材したところ、表現の自由をめぐる議論の変遷に対しラシュディが果たした役割にはコメントできないという反応が返ってきた。

その理由として、クンズルは次の2つに言及した。1つは、事件に対する気持ちの整理がついていないこと。そして、もう1つは、表現の自由が「実際には本気でそれにコミットしていない人々によって、武器にされている」点だ。

ラシュディは声高に主張する人物ではあるが「何かの象徴になりたかったわけではない」とクンズルは言い、こう続けた。「このように独創的でユーモアあふれる作家」が「このように陰鬱で深刻な脅威」によって多くの人々に記憶されるというのは「恐ろしい皮肉」だ。

(執筆:Jennifer Schuessler記者)
(C)2022 The New York Times

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