大正製薬vs消費者庁「パブロンマスク365」の攻防 景品表示法「不当表示」で3年間にわたって争う

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以上のタイムラインから見て取れるように、消費者庁と大正製薬の抗争は異例続きの展開となっている。どこが異例かをまとめた。

1.消費者庁は一旦2019年3月にドラフトしていた措置命令を書き改め、同年7月に下した。
2.2019年7月に措置命令を受けた大正製薬は、同年10月に消費者庁に審査請求を行ったが、消費者庁が第三者員会に諮問を行ったのは2021年9月で、約2年間も間が空いた。
3.審査請求が出ると、消費者庁は措置命令を下した担当者とは別の担当者を審理員として選任しその者が再審理を行うことになるが、その審理員の意見書と消費者庁が諮問を行う際に付けた説明書は、大正製薬の根拠を否定する理由が異なっていた。

ちなみに大正製薬が措置命令直後に行ったプレスリリース(前出)によると、弁明の機会において消費者庁が示した説明は、消費者庁がこのマスクにウイルスを付け、48時間白色蛍光灯を照射しても二酸化炭素の放出は増えなかった(ウイルスなどが分解されたら二酸化炭素が増えるという前提)というものであった。

実は、このように消費者庁自ら実験を行い、その結果を弁明の機会において説明するというのも極めて異例である。

これに対し、消費者庁が第三者委員会への諮問の際に示した説明は、「大正製薬が行った試験は太陽光に匹敵する強さの光で、そこから室内光での結果を計算により導いているが、そのような手法は一般的に認められているものではない」というもので、第三者委員会も大筋においてこの説明に従い、「大正製薬の広告に合理的根拠はないものとする消費者庁の判断は正しい」と結論付けた。

合理的根拠の不合理と企業が学ぶべきもの

以上のような異例続きの展開がもたらした根本的な原因は、措置命令において合理的根拠を否定する理由がまったく示されないという点にある。

そのことは、第三者委員会の結論においても「なぜ本件提出資料を合理的根拠資料と認めなかったのかの理由が理解しやすく記載されているとはいい難く、そのような記載が具体的になかったことにより、審理手続の長期化を招いた面が否定できない」と指摘されている。

筆者が思うに、消費者庁のやり方は「不実証広告規制」という立て付けに基づいている。これは、合理的根拠の提出要求が行われ、企業が合理的根拠を提出できないと企業に措置命令が下されるという仕組みで、企業に合理的根拠の立証責任を負わせている。

この立て付けに立脚して、消費者庁は「資料は提出されたが合理的なものとは認められなかった」と、具体的な理由を示すことなく、措置命令を下している。そしてこのことが悲劇の根本原因となっている。

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しかし、「不実証広告規制」のもとにおいても、消費者庁が合理的根拠を否定する理由の一端を示すことは可能なので、そのような運用への方向転換が望まれる。

一方で、BtoC企業としては、この事件のように3年も抗争して何も得られないというダメージを避けるため、広告に関してその内容にマッチする適切なエビデンスを備えることに注意を怠らぬようにする必要がある。

上記のタイムラインで示されたように、大正製薬は第三者委員会の審理に何らの主張も立証も行っていない。その真相は定かではないが、経済的合理性の観点から「この先争っても意味なし」と判断したのかもしれない。
そうだとすると、3年間をまったく無駄にしたことになる。

一旦措置命令を巡る争いに巻き込まれるとこのようなリスクがある。BtoC企業としては水際で止めなければならないことを肝に銘じてほしい。

林田 学 薬事法ドットコム社主、弁護士出身の実業家

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はやしだ まなぶ / Manabu Hayashida

東大法大学院卒。弁護士出身の実業家。平成14年度薬事法改正のための委員会委員。法律分析とマーケティングノウハウを組み合わせた唯一無二の方法論・リーガルマーケティングを駆使し、やずや年商470億、RIZAP75倍拡大、PCR検査キット年間280億売上、メビウス様創業者100億イグジットなど、数々の成功事例をプロデュース。

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