スカイマーク西久保氏は、どこで間違えたか

航空業界に挑んだIT経営者、万策尽きる

さかのぼること3カ月以上前の2014年4月から、西久保氏はエアバスと交渉を続けていた。A380はエアバスの2階建て超大型旅客機。スカイマークは6機購入する契約をエアバスと結び、2014年10月から2019年12月まで順次納入される予定だった。これで国際線への進出を果たし、まずは成田─ニューヨーク線を就航する計画を進めていた。

スカイマークはA380に6機合計で約1900億円を投じる計画で、2014年3月までに約265億円の前払い金を段階的に払ってきた。2015年3月期は、一気に500億円以上を支払うピークを控えていた。

ところがスカイマークは、業績急悪化で2014年3月期は5年ぶりの赤字に転落した。期末現預金は70億円と1年前の231億円から急減。2014年4月には前払い金8億円を払えなくなった。

エアバスの強制措置が引き金

これを受けてスカイマークはA380の4機の購入を解約したうえで、すでに製造に入っている2機の導入時期についても先延ばしにすることをエアバスに打診したが、エアバス担当者は「大手航空会社の傘下に入るのが契約変更を受け入れる条件。キャンセルする場合は、巨額の違約金を支払ってもらう」と通告した。

詳細は不明だが、エアバスはスカイマーク筆頭株主の西久保氏が保有する約30%のスカイマーク株の一部または全部の放出を迫ったのかもしれない。大手航空会社の後ろ盾があれば、スカイマークの信用力が補完されるとの思惑があったのだろう。

西久保氏の返事は「ノー」。独立経営を貫き、日本の“空”に価格破壊を起こしてきたという自負があった。スカイマークが大手の軍門に下る。「それだけは避けたい」という思いがあったが、業を煮やしたエアバスは強制措置に踏み切った。違約金交渉はいまだ決着しておらず、これが経営の重しになるとともに破綻の引き金になった。

スカイマークは過去に経営危機を何度かくぐり抜けてきた。2000年代初頭の黎明期にも赤字続きで債務超過となり、存続が危ぶまれる事態に直面したことがある。その救世主となったのが、ほかならぬ西久保氏だった。

スカイマークの初就航は1998年。当時は規制緩和で航空ベンチャーがブームとなり、北海道国際航空(現AIR DO)やスカイネットアジア航空(ソラシド エア)、スターフライヤーなどが次々と参入した。日本の空に本格的な価格競争が起きると期待されたが、実際には集客力が高いドル箱の羽田空港発着枠を大手に握られ、露骨な価格競争も仕掛けられた。

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