(第53回)ミキモト式・生涯現役長命術(その1)

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山崎光夫

 「老人はカネを内科よりは歯科にかけよ」
 と言ったのは、世界の真珠王・御木本幸吉(みきもとこうきち)である。幕末の安政5年に生まれ、昭和29年に96歳で死去するまで第一線で活躍した。

 仕事大好きの御木本は高齢になっても現役を通したいと望んだ。その目標とした人物は、 18歳年上の日本資本主義の父・渋沢栄一だった。渋沢は次々と新規事業を立ち上げ、91歳の長命を得た。

 御木本は真珠の養殖をわが天職と定め、その開発に全生涯をささげ、世界に先駆けて成功させた。
 世界の発明王・エジソンは、
 「わが研究所でダイヤモンドと真珠はできなかった」
 と不可能視していただけに、御木本が渡米してエジソン邸を訪問したとき、歓待したのもうなずける。

 天然の真珠は漢方医学で古くから生薬として使用される。人参(にんじん)より貴重で、強心・精神安定作用のある高貴薬として珍重された。

 御木本は渋沢栄一並に事業を開発、発展させるには、健康と長命は欠かせないとして 日頃から養生を心掛けていた。その御木本が養殖真珠を高貴薬として服用していたかどうかは定かではない。

 歯があまりよくなかった御木本は、歯の重要性を思い知らされた。歯は健康の基として、良質の総入歯を作ったところ、胃腸も丈夫になった。まさか開発した養殖真珠で歯を作ったとは思われないが、入歯を入念にメンテナンスした。

 ところで、現代の現役歯科医に聞くと、何が嫌といって、入歯の調整ほど厄介なものはないらしい。入歯の使用者はすでに歯茎も弱っているので、調整は微妙にして高度な技術が必要となる。さらにあまり収入に結びつかないという。入歯愛用の現代人は、歯科医側の事情とは関係なく、御木本並にメンテナンスを心掛けたほうがよい。

 御木本は古稀(こき)を迎え健康法を問われて次のように答えている。

1、常に海風山色を愛し、40年を通じて毎朝5時に起床、水浴を欠かさず。夜は8時に就寝。その前10分間、床の中にて上腹部より下腹部に向かってさすり下ろすこと数十回。

2、60歳までは、主食はムギ飯三椀、サツマイモ一椀。61歳よりはムギ飯一椀を減じた。副食は、朝はミソシル一椀、鶏卵一個、昼は野菜物、夜は、魚または鳥を用い、漬物を好まず。梅干し一個を食す。

3、酒・煙草を要せず。ウドン・センベイ・イワシのスボシ・ミソシルを嗜好す。

4、盛夏といえども腹巻を離さず。極寒にもシャツを用いずして、ジュバン・モモヒキを用い、薄着をなす。

5、夜の宴会を好まず。いかなる場合にも午後10時を過ごさず。汽車旅行を好めども、夜行列車は利用せず。

6、寝所は2階または高台を選び、厳寒の候といえども通風の良き場所を好む。

7、フロは一番フロを使用し、1年数回健康診断を受く。

8、10年来、海抜1800尺(標高553メートル)の伊勢・朝熊山(あさまやま)上に約2週間避暑をなす。
(乙竹岩造著『伝記 御木本幸吉』)

 含蓄に富んだ8項目である。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
山崎 光夫 作家

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やまざき みつお / Mitsuo Yamazaki

1947年福井市生まれ。早稲田大学卒業。TV番組構成業、雑誌記者を経て、小説家となる。1985年「安楽処方箋」で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。主な著書に『ジェンナーの遺言』『開花の人 福原有信の資生堂物語』『薬で読み解く江戸の事件史』『小説 曲直瀬道三』『鷗外青春診療録控 千住に吹く風』など多数。1998年『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

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