そして今回、ウクライナ危機から降って沸いてきたのが、「デジタル人民元」による制裁の無効化だ。「すり抜け」が可能な理由について、野村総研の木内登英氏は「デジタル人民元による取引は、アメリカドルが介在しない『ブロックチェーン取引』のため、SWIFTは取引を捕捉できない」と説明する。
欧米金融界は、ロシアのSWIFTからの排除はウクライナ侵攻への「有効な処罰になる」が、その一方で、「中国に中央銀行のデジタル貨幣を推進する口実を与える。そうなれば、ドルの国際的な影響力が弱まる可能性がある」とブルームバーグ通信は伝える。
デジタル人民元は、実証実験段階とはいえ、国境を越えた使用に「技術的な準備はできている」とされる。アメリカの捕捉を逃れるため、中国がロシアとの決済にデジタル人民元を使うのは技術的には可能だ。問題は、欧米との厚い経済関係を犠牲にしても、ロシアを救済する価値とのバランスである。
「ドル覇権」を崩そうとする中国
中国の外交と内政の連動に関する基本スタンスは、米中対立が激化しても国内経済を損ねないようハンドリングすることにある。この文脈でみれば、「すり抜け」は西側との関係を損ね、国内経済に跳ね返るおそれが出る。
中国では上海交通大学の胡偉・特任教授が2022年3月13日、「早期にプーチンと手を切れ」と、指導部に進言する文章を中国SNSに投稿したように、中国共産党内には対ロ支援をめぐって異論が存在する。
中国共産党の内部事情に詳しい消息筋によると、党中央は2022年3月5日の全国人民代表大会(全人代)開幕直前、幹部党員に次の「3つの指示」を出したという。①ロシア、ウクライナのどちらにもつかず中間の立場をとる、②対ロ経済制裁を求められても応じない、③対米関係改善と経済貿易の推進を図る。
これをみると、ウクライナ危機にもかかわらず、対米関係の改善が依然として中国の最重要課題だとわかる。中国の在京外交筋は筆者に、「中国は自然災害に見舞われた1960年代初め、同盟関係にあったソ連が技術者を引き揚げたのを忘れていない。国境では軍事衝突した。中国はあらゆる同盟に反対しており、代わってパートナーシップ協定を結んだ」とし、中ロ同盟の復活を否定した。
デジタル人民元を使った制裁「すり抜け」の可能性は低い。ただSWIFTからロシアを排除することによって、従来はドル決済だった取引をCIPSによる人民元決済への切り替えは進むだろう。それはアメリカによる「捕捉」可能なことを前提に行うはずだ。
注目すべきは、人民元の国際化推進とドル覇権を弱体化させる動きだろう。世界の外貨準備のうちドル資産の割合は、2001年末までは7割を超えていたが、2021年9月末には59%強にまで減った。各国ともドル依存を減らしているのだ。
中国ももちろん、この10年で着々とドル依存を減らしている。外貨準備高は3兆2000億ドル超で世界最大だが、このうちアメリカ債保有額は2022年1月末で1兆0601億ドルと10年前に比べ9%減少している。ウクライナ危機の有無にかかわらず、中国はデジタル人民元を早期にスタートし、人民元の国際化を進めてドル依存を減らす動きを進めるはずだ。衰退するアメリカ一極覇権をドルから切り崩す狙いだ。
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