賃下げの理由は交渉の不在 成果給より年功給が勝る
評者/北海道大学大学院教授 橋本 努
あなたの給料は、市場価値を反映しているだろうか。
この数十年間、労働者たちの賃金は実質的に低下してきた。多くの企業では、市場価値よりも低い賃金しか支給されていないようである。その主たる理由は、賃金交渉の不在にある、というのが著者の見立てである。
そもそも賃金交渉以前の問題として、社員たちは賃金について話題にせず、自社の財務情報すら知らないという懸念すべき状況がある。
著者が英国で行った調査では、自社の財務情報を入手できる会社の社員たちは、そうでない会社の社員よりも多く稼いでいた。とくに「管理職が財務情報を適切に伝えてくれる」と答えた社員は、8〜12%も多く稼いでいたという。
欧米でもお金の話はタブー視されがちで、給与の話をすると信頼関係が壊れるのではないかと危惧する人が多い。だが実態はそうではなく、賃金の透明性が企業の成長に結びつくとする。実例も挙げて、説得力十分だ。
賃金を引き上げるには、関連する法改正も必要である。米国では現在、4分の1の会社が、誰がいくらもらっているかを秘密にしているという。労働者には賃金交渉権が保障されているが、相応の罰則がないために会社側は給料を公開しない。こうした状況を改善し、社員たちが賃金を話題にする機会を提供すべきであるというのが著者の提案だ。
加えて、最低賃金の引き上げも必要だという。米国では州ごとに最低賃金が異なるが、半数以上の州は、州内の各地域に最低賃金を独自に定める権限を与えていない。保守的な州だけでなく、リベラル寄りの州でもそうだという。
こうした拘束を緩めて、各自治体が自由に最低賃金を設定すべきではないか、雇用助成金の支給よりも最低賃金の引き上げのほうが、効果的に労働者を助けることになる、と著者はいう。
給料とはやっかいなもので、これを個人ベースの契約で考えると、かえって個人の市場価値を実現できないという逆説が生まれる。成果主義を望む社員は多いものの、成果ベースで賃金を支払うと、所得格差が広がって不公平感が増してしまう。
何を成果とみなすべきかについて完璧な基準は存在しないのだから、むしろ年功序列型の賃金制度を復権して、同じ組織で長く働けるようにしたほうがいいと著者はいう。
現代の賃金政策に的確なビジョンを与えた一冊で、とくに成果主義への批判は説得的。多くの洞察に満ちている。
この記事は有料会員限定です。
東洋経済オンライン有料会員にご登録いただくと、有料会員限定記事を含むすべての記事と、『週刊東洋経済』電子版をお読みいただけます。
- 有料会員限定記事を含むすべての記事が読める
- 『週刊東洋経済』電子版の最新号とバックナンバーが読み放題
- 有料会員限定メールマガジンをお届け
- 各種イベント・セミナーご優待