中ロの攻勢に米国の混迷 それでも人々の活動に希望
評者/関西大学客員教授 会田弘継
米国における民主主義研究の第一人者による最新作にして、著者の本の初の邦訳でもある。
40年にわたり世界を歩き、民主主義の現状を探ってきた著者は、今が「最も危険な時期」だと言う。だが単なる警世の書ではない。多くの提言や、現状報告の中で描かれる人々の活動に希望を見いだすこともできる。
著者が研究を始めた冷戦の末期から終結直後にかけての1980年代と90年代、世界の民主主義国の数は10年ごとに約30%ずつと、大幅に増えていた。その民主主義拡大は2000年代に入ると止まり、11〜20年にはマイナス6%。民主主義は後退し始めた。
民主主義後退の大きな要因として、著者は強権国家の中国、ロシアによる影響力工作と並べ、民主主義の牙城である米国の混迷を論じる。中ロ断罪だけが狙いの書ではない。米国と、そこで生まれたソーシャルメディアに向ける目も、等しく厳しい。
中ロによる他国の民主主義への干渉は子細に描かれる。ロシアは16年の米大統領選と英国のEU離脱をめぐる国民投票にソーシャルメディアを使って介入しただけでなく、フランス、ドイツなど主立った欧州諸国の国政選挙にも干渉してきたという。
そのロシアよりも「はるかに広範囲におよぶ包括的な組織ネットワーク」を利用する中国の影響力工作に著者は強い警戒感を示す。中国の影響力工作について日本はナイーブ過ぎる。その意味で本書が描く中国の工作の実態は警鐘になろう。
中ロが世論操作に利用するソーシャルメディアは、それ自体が民主主義への大きな脅威となっている。匿名に隠れた偽情報や憎悪の拡散、強権政府や大企業による個人情報の無際限な利用。言論の自由を守りながら、いかにこれらに対処していくか。著者の慎重な提言に耳を傾けたい。
本書で最も紙幅が割かれるのは米国だ。トランプ前大統領登場でその民主主義は危機に瀕した。背景には米政治が社会の分断を進めてきた長い歴史がある。大統領選の一般投票結果と食い違う選挙人投票制度、左右分極化を進める予備選挙や選挙区割り、低い投票率。それぞれの解決を目指す具体的提案と、その実現に取り組む市民の活動の様子は本書の読みどころだ。
民主主義や人権は文化の違いを超えて共有される価値だと著者は強調する。本書に描かれる、著者が出会ったアジアやアフリカ、ロシアの活動家らが迫害を恐れずに闘う姿は、それを証明している。
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