新潟 ロシア村
「この先パラダイス」──。青いスプレーで落書きされた入り口から中をのぞき込むと、壁は黒く焼け焦げ、床にはガレキが散乱。かつて豪華な調度品で宿泊客をもてなした「マールイホテル」は、無断で入り込んだ若者による8年前の失火で無残な姿をさらしていた。隣の「スーズダリ教会」も扉や窓が打ち破られ、不気味ながらんどうの建物が曇り空に大きな口を開けている。
新潟市から車で30分ほどの旧笹神村(現・阿賀野市)の山林を切り開いたテーマパーク「新潟ロシア村」が閉園に追い込まれたのは13年前。冬にはひざ上まで雪が積もる豪雪地帯ゆえ建物の劣化は著しく、それに加え若者らのいたずらで内部は荒らされ、今や全国的にも有名な廃墟スポットと化してしまった。
バブル期、リゾート法やふるさと創生事業を起爆剤に全国各地で大型の観光施設が造られた。ここ新潟ロシア村もその一つだ。構想の発端は1985年にまでさかのぼる。
その年の11月、「新潟農林開発」なる会社が設立された。もともとは特産品である安田瓦の原料となる粘土の採取を行う会社だった。後に同社を含む企業群は代表者の名前を取って「矢澤グループ」と呼ばれるようになるが、87年になると、旧笹神村の採取場跡にゴルフ場を建設することを企てた。当時、会員権販売という錬金術で全国あちらこちらにゴルフ場計画が持ち上がっていた。そのブームに乗ろうとしたわけだ。
この記事は有料会員限定です。
東洋経済オンライン有料会員にご登録いただくと、有料会員限定記事を含むすべての記事と、『週刊東洋経済』電子版をお読みいただけます。
- 有料会員限定記事を含むすべての記事が読める
- 『週刊東洋経済』電子版の最新号とバックナンバーが読み放題
- 有料会員限定メールマガジンをお届け
- 各種イベント・セミナーご優待
無料会員登録はこちら
ログインはこちら