野村克也がシダックス時代に果たした強烈な凱旋 彼らを奮起し無様な過去に自ら落とし前をつけた

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プロ野球を離れ、社会人野球・シダックスの監督を経験したからこそ野村克也氏は「再生」できた(写真:川窪隆一/アフロスポーツ)
2001年12月、妻が脱税容疑で東京地検に逮捕され、当時、阪神タイガースの監督だった故・野村克也氏は辞任を迫られた。その後にプロ野球へと返り咲いた野村氏自身は、どのように「再生」の道をたどったのか。
「野村克也がシダックスに植え付けた揺るがぬ自信」(3月23日配信)に続いて、社会人野球シダックス監督時代の野村氏を取材した『スポーツ報知』の番記者・加藤弘士氏が、当時の関係者の証言を集め、野村氏がプロ野球界に復帰するまでを描いたノンフィクション『砂まみれの名将 野村克也の1140日』より、「第3章 寄せ集め集団『性根入れてやれよ。好きな野球じゃないか』」の後半部分を抜粋、一部再構成してお届けします。

ハヤシライスとヒヤムギ

野村克也の社会人監督就任を、同じ東京地区のライバルチームはどう見ていたのだろうか。

「最初に野村さんが来るという話になった時は、みんな『どうすんだ、どうすんだ』ってなりましたよ。でもすごく気さくで優しい方なので、すぐ溶け込んでいただきました」

そう振り返るのは当時、名門・NTT東日本の監督だった長井秀夫だ。2003年限りで勇退し、母校の市立川口高校(現川口市立高校)の監督に就任。現在は同校の総監督を務めている。

長井はその頃、東京都野球連盟に属するチームの監督会会長を担っていた。野村とは縁があった。2000年、シドニー五輪日本代表の正遊撃手を務めた同社の沖原佳典に野村が注目。同年秋のドラフト6位で指名し、野村肝いりの新ユニット「F1セブン」の一員として売り出したという経緯があった。

シダックス監督に就任間もない野村を、長井は監督会の飲み会に誘った。

「お酒を飲まない方ですし、最初は『俺はいいよ』とおっしゃっていたんですけど、『みんな会いたがっていますよ』と呼んで、参加していただいたんです」

NTT東日本のグラウンドは船橋市内にある。船橋駅近くの雑居ビルに顔の利くクラブがあった。ママにこっそりと頼んだ。

「野村克也さんを連れて行くから、貸し切りにしてもらえるかな。他のお店にはナイショにしておいてね」

銀座にキタ、ミナミと華やかな世界を知り尽くした名将が当日、船橋までやってきた。

「ノムさん! いらっしゃ〜い!」

ナイショになんてできなかった。雑居ビルの各店のホステスが笑顔で出迎えた。野村もまた、上機嫌で色紙に筆を走らせた。知名度は抜群だった。野村はウーロン茶とコーヒーを片手に、楽しいひとときを過ごした。

「その時は野球の話は全然しなかったですね。女の子はみな、沙知代さんとの話に興味津々でした」

距離は一気に縮まった。

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