「情報戦」でウクライナが圧倒的に優勢な理由 イーロン・マスクを味方にするSNSナラティブ

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戦争における情報戦としてよく知られているものに、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争がある。1992年春から1995年末まで続いた旧ユーゴスラビアの民族紛争だ。旧ユーゴスラビア連邦からの独立を背景として、セルビアvs.ボスニア・ヘルツェゴビナ(以後、ボスニア)の戦いという構図になる。

ボスニア紛争での情報戦のポイントは、ボスニア政府が当初から紛争の「国際化(internationalize)」を考えていたことにある。それについては『ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争』(高木 徹、講談社文庫)に詳しい。この本での解説を参考に、情報戦の全容をかいつまんで紹介しよう。

「世論を味方につけよ」というアドバイス

紛争を国際化する手段として、ボスニア政府はアメリカのPR会社、ルーダー・フィン社と契約する。担当は当時同社の国際政治局長だったジム・ハーフというすご腕のPR専門家だ。

というのも、当時のアメリカの国務長官、ジェームズ・ベーカーに次のようにアドバイスされたからだ。「西側の主要なメディアを使って欧米の世論を味方につけることが重要だ」。

ハーフは、ボスニアのハリス・シライジッチ外務大臣をメディアトレーニングしてスポークスマンとして鍛え上げ、記者会見を開く。ハンサムで流暢な英語を話し「流血と殺戮の現場サラエボからやってきた外相」というイメージを作り上げたシライジッチ外相を語り部とする作戦は見事に成功した。

そしてハーフは次のフェーズとして、決定的な手を打つ。それが「民族浄化(ethnic cleansing)」という戦略PRのキーワードだ。

ポイントは、「民族浄化」というワードが新しく作られた言葉ではなかったことだ。先に旧ユーゴスラビア連邦から独立していたクロアチアやスロベニアではすでに使われていたが、国際社会で定着しているわけではなかった。ハーフはこれに目をつけたのだ。ハーフの言葉を借りると「メッセージのマーケティング」ということになる。

ルーダー・フィン社はこのセンセーショナルなワードを駆使してボスニアで何が起こっているのかを発信し、あらゆるメディアがこのワードに飛びついた。最終的にはアメリカ政府、そしてジョージ・ブッシュ(父)大統領もスピーチで使うようになる。ちなみに「民族浄化」は後に辞書にも載る。戦略PRのキーワードとしては第1級の成功例だろう。

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