近鉄「名物広報マン」が転身、畑違いの第2の人生 「鉄道少年」から電車の運転士に、その先は?

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上本町駅構内のアクションシーンの撮影では、ウーが「電車を逆走させたい」と言い出した。運転士の経験がある福原は、「困難だが不可能ではない」。関係各部を説得してなんとか実現にこぎつけた。冒頭には近鉄のシンボル「あべのハルカス」が登場するシーンもある。これも撮影のために展望台を5日間クローズした。

60歳の定年後も再雇用され引き続き5年間広報を担当した。再雇用期間の終了が近づくと、会社関係者から「残ってほしい」と、再び慰留された。福原は「光栄だ」と感じたが、そこまで特別扱いを受けていいのかという葛藤もあった。「ここで卒業しよう」と決めた。

福原が近鉄を退職するという話を聞きつけた関西や東京の企業から「うちに来ないか」という誘いが来た。そんな中から選んだのは奈良県が2022年3月に開設する「なら歴史芸術文化村」という施設の総括責任者の職だ。

今度は奈良の魅力を発信したい

「あまりにも畑違い」。打診を受けた福原は3回断ったという。でも気になっていたこともある。福原は車掌として西大寺列車区に配属されて以来、40年以上にわたり奈良県内で暮らしてきた。にもかかわらず奈良県のことを考えたこともなかった。これからの人生は奈良県に貢献できることをやってみたい。

結局、下に優秀なスタッフを付けてもらい、自分は得意な広報分野で情報発信する条件で引き受けることにした。業務の合間にはこれまでどおりメディア出演や講演活動をしてもかまわないという許可ももらった。

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近鉄を去るにあたり、福原は近鉄グループホールディングス会長の小林哲也の元へ退職の挨拶に赴いた。小林からはこう言われた。「少子高齢化でこれからの鉄道業界は厳しくなる。そんな中で苦労して鉄道を走らせている現状をぜひ世の中に伝えてほしい。近鉄だけを支えるのではなく、鉄道業界を支えてほしい」。

本業で奈良の誇る文化の魅力を情報発信し、その合間にはテレビやラジオで鉄道の魅力を伝える語り部となる。これだけでも十分やりがいのある仕事だが、福原にはさらに描いている夢がある。近鉄でロケーションサービスを立ち上げたように、奈良県が行っているロケーションビジネスのお手伝いをして、奈良県の魅力を全国に、さらに世界に発信したい。自分が近鉄時代に培ったノウハウや人脈は多少なりとも役に立つはずだ。こう語る65歳の福原の瞳は、前途洋々たる若者のように輝いていた。(文中敬称略)

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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