「ツール・ド・東北2014」、2年目の飛躍

キラキラ丼は「日本一」の味、夢は世界有数のイベントへ

スタートとゴールは宮城県・石巻市郊外の専修大学。往復型に近いルートをとるが、折り返しから途中でコースが変わる。被災の大きかった海辺、リアス式海岸の景勝地、そして北上川やその他川の近くを走行。途中、いくつもの真新しい慰霊塔や、多くの小学生が亡くなった、大川小学校なども目に入る。

キャロライン・ケネディ米駐日大使も走る!

60キロの女川・雄勝フォンドには、東京オリンピック招致活動を行った宮城県出身のパラリンピック出場者佐藤真海さんが、ほかのハンディキャップを持つ人たちと一緒にスタートを切る。

さらに、直前になって参加を表明したのがキャロライン・ケネディ米駐日大使。日頃からサイクリングを楽しんでいると言う大使だが、一般のサイクリストたちと混じって、女川・雄勝フォンドを疾走した。

参加自体も驚かされたが、途中のエイドでも、物々しい警護があるわけでもなく、ホタテの浜焼きも自らで取りに行く気さくさ。さらに、途中でも前後はSPがいるものの、横はガードされることなく、すぐ近くを車が行き交う状況。沿道からの声援に、手を振って笑顔で応える姿が印象的だった。ただし、彼女が来ていることをしらなければ、頑張っている外国人女性、にしか見えない程度の警護というのが、何となく日本人としてうれしい。

もともと「ツール・ド文化」があった石巻

「実はツール・ド・東北自体は、以前から行われていたイベントなんですよ」というのは、このイベントの主催であるyahoo復興支援室室長の須永浩一さんだ。元々は地元・宮城を地盤とする新聞社・河北新報社が、太平洋戦争後の昭和20年代から復興を願ってはじめたイベントだった。

だが車の台数が増えたことなどで、自転車レースのために道路封鎖が難しくなったこともあり、震災前には一時中断していた。その由緒あるイベントが、再度「大震災からの復興」の名の下に、昨年復活したのだ。

発案者は、ヤフーの宮坂学社長。同社は、2012年7月に石巻市内の河北新報社の石巻総局が入るビルに「ヤフー石巻復興ベース」を設立したが、オープンの日、河北新報社の一力雅彦社長に自らの構想を説明、一力社長が快諾したのがきっかけだ。

それ以来、同社が河北新報社と手を携え、多くの協力者と復興に情熱を傾けてきたかは、当オンラインの人気連載「ヤフー社員@石巻_復興日記」(2013年12月終了)でもぜひご覧いただきたい。執筆者は、前出の須永室長の部下の「ハセタク」こと、長谷川琢也氏である。

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