静岡リニア「トンネル湧水全量戻し」本当の問題点 有識者会議の結論は妥当だったが静岡県は反発

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2021年2月の有識者会議で、県外流出される水量(最大500万立方メートル)について、水循環研究の第一人者、沖大幹・東大教授(水文学)は「非常に微々たる値でしかない」と指摘した。今回の結論となった中下流域への水環境への影響はほぼないという大きな理由のひとつである。

川勝知事の“命の水”とされる上水道だけでなく、農業、工業用水は下流域にある川口発電所付近の2つの取水口から年約9億立方メートルの表流水を導水管で取り入れている。

川口発電所直下の神座地区の河川流量は年平均約19億立方メートルで、上水道などに取られる約9億立方メートルを合計すると、実際の河川流量は年約28億立方メートルにも上る。

さらに、神座地区の河川流量は平均約19億立方メートルだが、変動幅はプラスマイナス9億立方メートルもある。沖教授は、この部分に着目、県外流出する量が最大500万立方メートルとしても、変動幅約9億立方メートルの0・55%と極めてわずかであり、リニア工事による県外流出量は年間の変動幅に吸収されてしまう値である、と説明した。

水問題は感情に結び付きやすい

「非常に微々たる値でしかない」県外流出量を静岡県は大きな問題にするのに、利水安定のために変動幅約9億立方メートルもの水をコントロールする対策に取り組んでいないと、沖教授は厳しく批判した。つまり、有識者会議は県外流出についての湧水全量戻しは取るに足らない問題だと結論づけたのだ。

ところが、有識者会議の中間報告が決定した直後、静岡県の難波喬司副知事は会見で「静岡県の意見もかなりの部分を反映してもらったが、必ずしも100%評価できない」としたうえで、県外流出する湧水について「関係者が納得する方策を協議すべきだ」などと述べた。静岡県内の記者たちは、そもそもの「全量戻し」や有識者会議の議論を理解しておらず、「JR東海の説明の不十分さが証明された」(難波氏)という指摘をそのまま受け入れてしまった。

県は2018年8月作成のリニア資料「水循環の状況(断面)」で、源流部から下流域まで地下水路が続き、下流域で大量の地下水が湧出していて、リニア工事が地下水路を遮断するイメージ図を提供、下流域の住民らの不安を煽ったのを皮切りに、川勝知事が先頭に立ち、リニア工事によって、下流域の水資源が枯渇するというイメージをつくり上げるのに躍起だった。

第1回有識者会議で、金子慎JR東海社長は「トンネル工事がどういう仕組みで(下流域に)被害を発生させるのか、専門的な知見から影響が起きる蓋然性(確率)を示してほしい」と要望、有識者会議は「ほぼ影響ない」という結論を示し、問題解決への道筋を示した。県外流出する湧水を含めて、「感情に結び付きやすい水問題」(沖教授)だけに、国、JR東海は有識者会議の結論をわかりやすく丁寧に流域住民に説明すべきである。

小林 一哉 ジャーナリスト

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こばやし・かずや / Kazuya Kobayashi

1954年静岡県生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、静岡新聞社入社。2008年退社し独立。著書に『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)等。

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