79歳の角川春樹は敗れてもなお新たな闘いに挑む 「紙の書物と町の本屋さんを守る」のが最後の仕事

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加えて、『みをつくし料理帖』の1週目の興行成績が芳しくなかったことから、各劇場は2週目から『みをつくし』の代わりに『鬼滅の刃』の上映回数を増やし、『みをつくし』の上映は午前中の1回のみとするシネコンすら現れた。この年の4月から5月にかけての緊急事態宣言下で休業を余儀なくされるなど、コロナ禍で売上げが激減した(20年の興行収入は前年の約50パーセントとなった)各映画館は、久々のメガヒット作『鬼滅の刃』で落ちこみを挽回しようとした。〝鬼滅ブーム〟が去る前に観客を入れるだけ入れようと、『鬼滅の刃』上映のスクリーンを増やし、上映回数を出来る限り多くして、その他の作品を締め出したのだ。

いっぽう「船堀シネロマン」のように、ロビーに角川監督全作品のポスターのコピーを貼り、休憩時間には場内に角川映画のテーマ曲を流し、角川春樹の映画への帰還を祝福する映画館もあった。そして、『みをつくし料理帖』を観た観客の満足度は高かった。梅田のシネコンでは、映画を観終わった母親と娘が席にうずくまって泣いていた。東映の宣伝部には映画を6回観たという観客からの感謝の手紙が届いた。

だが、口コミにより尻上がりに観客数が増えて来た『みをつくし料理帖』は空前の〝鬼滅現象〟のあおりを受け、興行成績を挽回するチャンスが与えられないまま、1カ月半の興行を配給収入2億5000万円で終えた。

『みをつくし料理帖』の興行成績は振るわなかった(撮影:風間 仁一郎)

映画はもちろん、劇場公開による収入だけではなく、Blu-rayや配信や地上波、BS、CSへの販売による収入が見こまれる。『みをつくし料理帖』は2020年3月に出品した「上海国際映画祭」で好評を博したことから、すでに中国、韓国、台湾の大手配給会社に映画館での興行も配信も出来る「オール・ライツ」という権利がMG(前払い)で売れており、〝日本食〟がトレンドになっている他のアジア・マーケットでも売り上げが期待できる。

また、国内では2021年4月にBlu-rayが発売され、8月には配信が始まる。このように収支は〝下駄を履くまではわからない〟。しかし、第1ラウンドの劇場公開で、角川春樹は自身が80年代にブーム作りの一翼を担ったアニメーションに打ち倒されたのだ。

町の本屋さんは鎮守の杜

宣伝関係者は〝みをつくしロス〟に襲われ、虚脱した。

角川もさぞかし打ちひしがれているだろうと思われた。

加えて、いままでの角川監督作品同様、批評家は最新作にも冷淡だった。『みをつくし料理帖』を角川春樹の最高傑作とレビューした批評家も、大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』をベストテンに入れ、賞に推しても、角川春樹の最後の作品を挙げることはなかった。私はこのことに憤りを感じ、私が書ける新聞、雑誌に賛辞を書きつらね、ある批評家に「目に余る誇大広告だ」と窘められた。私は「優れた仕事を優れているといって何が悪い」と反論し、角川春樹の仕事の真価を本書で明らかにしようと固く心に決めた。

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