気候変動が「国境閉鎖や戦争リスク」を高める理由 「国民国家」と「国境」の歴史を変える「人新世」

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極端な気象現象を含む気候変動は、しかしリスクの度合いを高めている。地球は人間の干渉を、ただ受け止めているばかりではないのだ。環境保護活動家や被災したコミュニティは、地域の障壁が鉄砲水などの自然災害を激甚化させると、長年にわたって警告してきた。国境警備用の装備は、大小様々な動物の国境をまたいだ移動を妨げている。

国境のドラマの最前線

先住民族から構成されることの多い世界各地の国境のコミュニティは、国境の要塞化によって暮らしを根底から覆されてきた。政府は景観を改変することによって、問題を倍加させている。トンネルが掘られたり、河川の流路が変えられたり、峡谷が埋め立てられたり、丘の頂上が平らにされたりすることも珍しくはない。建設作業そのものを可能にするために、土砂を移動させたり、水流をそらしたりすることは、世界各地の国境警備プロジェクトに欠かせなくなっている。しかし、それらに多大な社会的、環境的コストが伴わないことはまれだ。

河川のような自然の地形が隣国間の論争の焦点となる状況も起こってきた。変化が誰の責任なのかや、大地そのものが形態を変えた時にどんなことが起こるのかをめぐり、続々と議論が巻き起こる。河川や湿地帯は、こうした論戦のおあつらえ向きの候補地だ。各国は河岸の所有権や河川の流路、源流、流量の変化、資源、採水、廃棄物管理、渡河、排水計画、水運、運河建設、流域の変容などをめぐって、激論を展開することになる。河川は天然の区画線のように見えるかもしれないが、勢いを増したり弱まったりもする。

ボリビアとチリはシララ川の地位をめぐって、国際司法裁判所で争った。問題となった地域は、両国間の国境が存する山岳地帯だった。チリはこの川が「国際水路」であると主張し、自国の鉱業部門のための水利権を確保したがった。ボリビアは、チリが人為的に川の流れを操作するために湧水に手を加えたと主張した。両国は共にアンデス山脈の水源に依存しており、長引く干ばつのため、その度合いはさらに高まっていた。加えて、水位の低下によって下流の水力発電にも支障が生じていた。これらの要因に、過去の国境紛争(ボリビアがチリとの戦争で太平洋へのアクセスを失ったことを含む)や氷河の退縮などが加わって、この法的論争は火に油を注がれてきたのだ。先住民族が多く住む山岳地帯のコミュニティは、この高地の国境のドラマの最前線に立たされてきた。

距離の遠さは国境紛争の妨げとはならない。国民の大多数の目に触れない地域だからといって、紛争の脅威と無縁でいられるとは限らないのだ。むしろ文字どおりの国土の片隅が、往々にして緊張の震源地になってしまう。

インドとパキスタンの高地にある無人の氷河地帯では、軍事的な衝突が日常的に発生する。これまでに両国の何千人もの兵士が、国のために尽くした後に、一生健康を損ねるはめになってきた。国内で最も海抜の高い、最も人里離れた国境の巡回・監視に当たる男たちの命を、雪崩は多数奪っている。氷河の退縮は水の供給に影響を及ぼすだけではなく、敵対する国家に、領土や資源の面での優位性を確保しようという動機を与えるかもしれない。大地が露出すれば、領有権の主張と入植に向けた新たな競争が起こるだろう。これまでは氷や雪が紛争の予防薬の役割を果たしていたかもしれない。しかし温暖化によって山地や極地はより不安定になり、一方でアクセス性は向上するので、逆説的ながら他者が利を得ようとするのではないかとの懸念を招きやすくなる。

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