「中学から料理担当」女性が病床の母にかけた言葉 娘に料理を任せた母は入院中もお調子者で…

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しかし、千鶴さんの日常は平穏になることはなかった。久しぶりに家に戻ってきた襟子さんが、千鶴さんがメキメキと料理の腕を上げていたことに驚き、料理や弁当作りを一任してきたのだ。

「お母さんはもともとお調子者なところがあって、『千鶴ちゃん、ホンマに料理上手やなあ!』『こりゃもう、お母さんがやるより全然いいなあ?』って言うてくるんです。でも、お母さんはとにかく憎めない人やったんですよ。『あーもう、しゃあないなあ……』って半分怒り、また半分呆れながらも、すっかり料理担当になっていきました」

中学生の女の子が、料理当番になるというのはなかなか珍しいことだろう。世の中にはいろんな形の家族があるということらしい。

今度は母親が入院

お調子者な襟子さんのもとで育ったこともあり、結果的に料理上手になった千鶴さん。高校を卒業後、短大に進学するが、またしても家族に不幸が訪れる。今度は襟子さんが入院したのだ。卵巣がんの診断だった。

「今と違って、当時はがんと言えば長い期間入院するのが基本。でも、お母さんは派手好き、美味しいもの好きでしょ? 味付けの薄い病院食で満足することなんかできなくて、すぐに弁当を作って通うことになりました。今だと院内にコンビニがありますけど、当時はなかったですしね。

それだけならまだよくて、時には梅田にあるうどん屋さんから、1駅先の病院まで運ばされたこともありました。『お母さん、天ざるそば食べたいわあ……人生で最後のお願いやから』ってわざと悲しげな表情で言ってきて、こっちが折れると『ありがと』って満面の笑みになるんです」

病室で、天ざるそばを食べるとは。しかも、娘に運ばせるまでして食べるとは。話を聞けば聞くほどお調子者な印象だが、最初におねだりをされたとき、千鶴さんは「勘弁してや!」と言っていたという。

「今は宅配・テイクアウト文化が根付いてますけど、当時はそうでもなかった。でも、コム・デ・ギャルソンやヨウジヤマモトで全身を固めたイマドキの見た目の若い女の子が『病人がわがまま言ってて……』って言ってきたもんやから、お店のおばちゃんたちも不憫に思ったんでしょうね。『内緒ですよ』って言って、タッパーに分けて入れてくれたんです。ちなみに、その『人生で最後のお願い』は、たぶん7~8回は続いたんちゃうかなあ……」

なんとも人情味と同情味にあふれたお話である。

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