魔がさすことから「世紀の捏造」は始まる

旧石器捏造事件を描いた『石の虚塔』を読む

そして捏造事件を起こした藤村新一も、そんなアマチュア研究者の一人であった。第二の相澤を目指し芹沢と共に発掘作業を行い、「愛弟子」のように愛されていたという。彼こそが、「神」になりそこねた本書の主人公である。

彼ら3人が共通で追い求めていたテーマは、「前期旧石器」の存在についてであった。約1万年以上前の日本列島は、関東以西にかけて一面を火山灰に覆われ寒冷化がすすみ、草木も生えぬ「死」の世界であるというのが、それまでの定説であった。よく耳にする関東ローム層とは、約1万年以上前、主に富士山の噴火によって積もった火山灰の痕跡のことを指す。

この関東ローム層から石器が見つかったことにより、日本の考古学は新たな時代の幕を開ける。芹沢と相澤が中心となり、約3万年前に当たる岩宿遺跡が発見されたことは、日本列島に残る最も古い人類の痕跡を求める中で、あまりにも意味合いが大きかった。すなわちこれは、日本創世という究極の「神の領域」を追求しようという試みでもあったのだ。

本書は、この「神の領域」に分け入っていく3人の心の機微を、それぞれの出自を含めたバックラウドまで追いかけ描き出していく。考古学には、学者以外のアマチュアが自由に発掘し、学者がそれに権威を与えるという図式が多く見られた。この背景には、偶然の累積を基礎に進めなければならないという学問的な特徴がある。その過程において、芹沢とアマチュアの間には、搾取(芹沢)と虚栄心(アマチュア)のトレードオフという共犯関係が成立していったことは、想像に難くない。

広大な考古学という分野において、共にこのテーマに賭けようと決断できるまでには、博打的要素が大なり小なり存在する。さらに鉄火場でのパフォーマンスは、その人の自然観が本当のネイチャーに近いかどうかというセンスに委ねられてしまう。つまり、真にイノベーティブな発見がなされるかどうかは、研究外の要素によって左右されるところが非常に大きいのだ。

どの分野においても新発見にはその基本となる仮説が必要であり、さらにその仮説を検証し続けるためには、根拠なき確信も必要となる。そんな強い感情で結ばれた一群が、自らの師というカリスマに率いられながら「神の領域」に近づいた時、一体何が起こるのか?学問の最先端という過度にフィルタリングの効いた無菌室は、学問的な正しさよりも感情が優先されることによって、容易に無法地帯へと様変わりする。根拠なき確信という信仰めいたものと、真に科学的な根拠とのせめぎ合いの中に、多くの研究者は漂っていたのである。

芹沢達のグループにおける信仰めいたものとは、「層位は形式に優先する」というものであった。これは、どのような形式の石器が掘り出されようとも、地層が古いことが確認できればそちらを優先させることをポリシーとする。しかし、そもそも前期旧石器についてはまだ形式が定まっておらず、ここに盲点があった。逆に考えれば、古い地層から縄文時代の石器が出てきても認めざるを得ないということになり、捏造はこの間を見事にすり抜けていったのである。

最初の一歩は些細なもの

一方で藤村の捏造に関する直接的な要因は、ただ仲間と楽しくやりたいという思いと過去の半生からの鬱屈した思いにあった。その強さが捏造という行為を呼び起こし、やがて社会からの注目を浴びる快感に酔いしれ、自己完結していったものと説明されている。

捏造への最初の一歩は、本当に些細なものだったのかもしれない。それが所属するコミュニティの有り様によって、際限のない増幅装置となる。大自然と対峙した時に、多くの人が陥りがちな自然災害のような罠が、そこに待ち受けていたと言えるだろう。

この事件を藤村個人に帰するものとして安易に断罪することは、本質を見失うことにつながりかねない。藤村をあえて穴ぐらの中で咆哮する「怪物」と描くことによって問題の矮小化を防いでいる点は、本書の非常に重要なポイントである。そして、その「怪物」が生み出されるまでの道程を丁寧に描き切ることで、「怪物」の中に読者自身を投影させてしまうところが、著者の真骨頂だ。

研究が研究外の要素によって大きく左右されるように、異常なものも一見正常に見えるものの中から生まれる。この外側から見た時の全景を、主体となった時に見失ってしまうから歴史は繰り返す。虚塔とは、実に上手いタイトルを付けたものだなと思う。

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