ベラルーシから欧州へ「移民殺到」人道的な大問題 英国はロシアとの偶発的な戦争リスクに言及

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ドイツ北部からポーランドを経てベラルーシ、ウクライナを通り、モスクワまで続く広大な北ヨーロッパ平原がある。地形的な障害物はほとんどなく、歴史的にロシアとヨーロッパ諸国との主戦場となってきた。

17世紀末から18世紀初頭、ピョートル大帝はスウェーデンとの北ヨーロッパの覇権戦争をこの平原で戦った。19世紀のナポレオンも、20世紀のヒトラーのドイツ帝国もこの平原を通ってロシアに侵攻してきた。ロシアにとっての西部国境は安全保障上きわめて敏感な地域なのである。

ソ連が崩壊し、東側陣営が崩れ、ウクライナが完全にロシアから離れてしまった今、ロシアの西部国境はかつてなく後退し、ベラルーシが西部国境の唯一の緩衝地帯となっている。

このような状況下で、ロシアとしては、何としてもベラルーシを見放すわけにはいかない。ベラルーシは財政的に破綻しており、ロシアからの財政支援がなければ立ち行かない国と言われているが、ルカシェンコ大統領が「ヨーロッパ最後の独裁者」と批判されながらもやりたい放題やれているのは、そういうロシアの弱みを見透かしているからだ。両国は切っても切れない関係にあると言える。 

移民めぐりルカシェンコとメルケルが「直接対話」

さて、ベラルーシに残されたクルド人たちは今後どうなるのだろうか。

プーチン大統領の仲介が功を奏したのか、15日と17日にルカシェンコ大統領とドイツのメルケル首相代行が電話で直接会談した。詳細は明らかにされていないが、特に移民への人道支援の問題が議論されたということである。

この直接対話が実現したこと自体には大きな意義がある。何しろ、2020年のベラルーシ大統領選挙の結果を正当と認めていないEUの首脳がルカシェンコ大統領と直接対話したのは選挙後初めてのことなのだ。行き場を失った移民たちのことを考えると、早期の解決が望まれる。

不法入国者や不法滞在者の人権は、日本でも問題となっている。安全保障環境が不安定化する東アジアにおいて、仮に大量の移民が発生したらどうなるのか。日本も今回の移民問題を他人ごとと思わず、対応を検討しておく必要があるだろう。今回のような移民の政治利用が日本に対して仕掛けられたらどう対処するのか。人道問題が絡むだけに、細心の対応が求められることになる。

亀山 陽司 著述家、元外交官

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かめやま ようじ / Yoji Kameyama

1980年生まれ。2004年、東京大学教養学部基礎科学科卒業。2006年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後ロシア課に勤務し、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)など、約10年間ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。北海道在住。近著に『地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理』(PHP新書)、『ロシアの眼から見た日本』(NHK出版新書)

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