まさかの「朝生」出演も経験:福島の農家の生の声を伝える
さて企業がオウンドメディアを持つ意義は、自社や商品を魅力的に伝える情報発信のためだけではない。むしろリコール対応や事故、災害、不祥事対応といったネガティブな局面でこそ役割は大きい。その意味では未曽有の試練を迎えたのが福島の農業だ。47都道府県で全国3番目に就業人口が多かった「農業県」は、原発事故後の出荷制限や風評被害により2011年の農業産出額は前年から479億減の1851億円。12年は2000億円台に回復したものの、農産物価格は震災前より下落傾向で厳しい状況が続く。
「被害状況がどうというより、ふるさとに住めるかわからなかった」。2011年3月の原発事故当時の心境を振り返るのは藤田浩志さん(35歳)。郡山市の農家の8代目で、県が農産物復興プロジェクトとして開設した「ふくしま 新発売。」の情報員に応募し、県内各地の農家の思いや取り組み、福島を応援する著名人らの声を届けてきた。
独自の放射線機器を導入したきのこ農家、放射能検出報道に翻弄されながらも検査体制構築に苦闘する畜産農家、故郷・浪江町での事業再開を胸に山形で奮闘する酒造店、フェイスブックを通じた生産者との交流で信頼回復を目指す若手農家――糸井重里氏ら著名人との対談もしながら、現場を歩き回って復興にもがく人々の声を集めた。
ネットがあるから応援の声を感じられる
マスメディアも当然、被災農家を取材しているが、「福島の農家はこうだ」と特定のイメージに集約されがちだ。しかし同じ福島でも、たとえば西部の“会津”は原発から遠いのに風評に苦しみ、中部の“中通り”は放射性物質の問題に直面した割に注目度は原発のある“浜通り”より落ちるといった個別の地域事情がある。「マスメディアの特性上、(集約は)仕方のないこともある。だから個々の人間が何を考えているのか、個別の事例を伝えていくことにした」。文体もわかりやすく書いている。農業の取材は専門的な知見が求められるが、農家として培った知見を使って取材した上で「翻訳することが自分の役目だ」と心掛けた。発信者としての存在感はマスメディアにも注目され、2012年元旦には福島のスタジオから特別中継された「朝まで生テレビ」(テレビ朝日系)にパネリストとして出演。地元に住む個人として率直な思いを田原総一朗氏らにぶつけた。
もちろん、ネット上には、出荷を続ける福島の農家を「人殺し」呼ばわりするようなヒステリックな反応もある。藤田さんも何度もたたかれたり、ツイッターで議論をふっかけられたりして精神的に参った経験もした。それでも希望を見いだせるのは、「ウェブ上に“人”を感じられるから」。検査体制の取り組みを信頼する声が寄せられたり、SNSに購入した果物の写真が投稿されたりするのをみて、応援者が確かにいることを実感している。
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