豊かな人生を遠ざける「稼いだ金は自分に」の思考 何の目的もなくお金を貯めている人も要注意

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佐藤:まず、歴史的なお話をしましょう。アダム・スミスが生きていた18世紀において、ヨーロッパの国々は「重商主義」と呼ばれる経済政策をとっていました。

シマオ:重商主義?

佐藤:要は、輸出によって世界中から金や銀、それに基づく貨幣を集め、それこそが国家にとっての「富」だと考えていたのです。スミスはそれを批判しました。「富」というのはそうした貴金属のことではなく、人間の労働から生まれるものであるというのが、スミスの考えです。これを労働価値説と呼びます。つまり、国民の労働で生産される必需品こそが富であり、市場によって生産性を上げることが、国を豊かにすることに繋がる、ということです。

シマオ:お金そのものよりも、国民の生活のほうが大事ということですね。 

1人でパンを作るのはたいへんだが…

佐藤:生産性を高めるためには、「分業」が必要であると考えたのもアダム・スミスでした。例えば、パンを作るのに、1人の人が小麦を育てるところから、生地をこねて焼くまでをすべてやるとしたら、かなり大変ですよね。

シマオ:小麦を育てるのは農家に任せたほうがよいですよね。

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佐藤:その通りです。ですから、1つの商品を作る過程をいくつかに分けて、それぞれ得意な人がやったほうが、生産性が向上するとスミスは考えました。

シマオ:僕も、得意なことだけやってられたら楽なのに……。じゃあ、得意な人に得意なことを割り振る作業を、誰かがしてくれればいいですね。

佐藤:ところが、スミスはそう考えませんでした。それが先ほど「見えざる手」とスミスが呼んだ市場の働きです。個人が自分の利益を追求して勝手に行動していれば、市場の働きを通して、結果的に生産性は最大化される、というのがスミスの提唱したことです。そこには、国家の管理などは必要ありません。これが、「自由放任主義」と呼ばれる考え方で、現代の自由主義経済の理念の基本ともなっています。

シマオ:現代の弱肉強食の資本主義社会は、アダム・スミスさんの言うとおりになったということですね。

佐藤:ただ、スミスは弱肉強食の社会でいいと考えていたわけではありません。彼は、『道徳感情論』という本の中で、人間には「共感」する心があり、それが道徳や規範を生み出していると述べています。市場の働きによって、お金持ちと貧しい人の間での「富の再分配」が行われると考えていたようです。もちろん、実際はそう単純ではありませんが、ある程度は正しい考え方だと思います。

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官

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さとう まさる / Masaru Sato

1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。

2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年に『自壊する帝国』(新潮社)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『読書の技法』(東洋経済新報社)、『獄中記』(岩波現代文庫)、『人に強くなる極意』(青春新書インテリジェンス)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『宗教改革の物語』(角川書店)など多数の著書がある。

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