署名・押印だけでも膨大「天皇の仕事」激務な中身 憲法に規定されている「国事行為」だけじゃない

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明仁天皇のビデオメッセージの発表後、安倍晋三首相が設置した「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(2016年10月~2017年4月)は、何回かに分けて天皇や皇室に詳しい有識者にヒヤリングを実施しました。ここで存在論と機能論の主張者が対照的な論議を展開しました。

●存在論の根拠
「天皇陛下がいつまでもいらっしゃるというご存在の継続そのものが国民統合の要となっている。ご公務をなされることだけが象徴を担保するものではない」「天皇は祭り主として『存在』することに最大の意義がある。『公務ができてこそ天皇である』という理解は、『存在』よりも『機能』を重視したもので、天皇の能力評価につながり、皇位の安定性を脅かす」
●機能論の根拠
「天皇は存在されるだけでは、『天皇が象徴である』ということに多くの国民の賛同を得ることはできず、皇室が長く続くためには国民や社会の期待に沿うあり方であることが必要である」
「象徴天皇の役割は、憲法でその地位を基礎づけられている日本国民の総意に応えられるよう、国家と国民統合のため、自ら可能な限り積極的に『お務め』を果たされることだ」

公的行為には明確な法律上の定義がなく、その時々の天皇の裁量や宮内庁の解釈に委ねられています。ただ先に述べたように昭和天皇と比べ、明仁天皇の公的行為は多岐にわたりました。そこには国民統合の象徴であるためには能動的でなければならない、という明仁天皇ご自身の明確な考えがあったことは間違いないでしょう。

「祈り」と「公的行為」は深く結びついている

存在論と機能論が対立するなか、明仁天皇が象徴天皇とはどうあるべきかをご自身の言葉で明確に語ったのが2016年8月のビデオメッセージでした。ここで明仁天皇は天皇の務めとして、「何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ること」と「同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」の2つを挙げました。

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前者は「祈り」であり、後者は人々と交わり、声を聴き、人々の願いと思いを共有していくこと、つまり「公的行為」です。祈りと公的行為はどちらを優先するかの問題でなく、どちらも大切なのです。右派の言うように祈りだけをしていればこと足りるわけでなく、また公的行為だけで満足すべきものでもないのです。この2つは互いに深く結びついているとの認識が明仁天皇には明瞭にあります。

8世紀の律令制度の下で国家の祭政一致体制が確立されました。今日、天皇が「祈り」と「公的行為」を同時に担われていることは、象徴天皇制における祭政一致の一つの形と言ってもいいかもしれません。

昭和天皇が亡くなられたとき、明仁天皇はすでに決まっているご公務以外、公的行為は何をすべきかが明確ではなかったと思われます。しかし自然災害が多発するなかで、美智子皇后と被災地に何度も足を運ばれ、避難所を見舞われ、被災者を励まされてきました。膝をついて被災者と対等な目線で言葉を交わすスタイルがここから確立しました。

またある時期から始まった戦災地などへの「慰霊の旅」も、平成の時代の公的行為を特徴づけるものになりました。公的行為も国民の支持がなければなりません。明仁天皇は手探りしつつ、人々の反応を見ながら、公的行為の地平を広げられてきたと思われます。皇太子時代、ご両親が実践されていた公的行為を間近に見られてきた今上天皇も、国民統合の象徴であるために公的行為がいかに大切か、十分にご存じでしょう。

西川 恵 毎日新聞社客員編集委員

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にしかわ めぐみ / Megumi Nishikawa

長崎県出身。1971年毎日新聞社入社。テヘラン、パリ、ローマの各特派員、外信部長を経て専門編集委員。2020年4月までの18年間、国際政治・外交・文化についてのコラムを毎週朝刊に執筆。2014年から現職。公益財団法人日本交通文化協会常任理事。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、1997 年度サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮社)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、『知られざる皇室外交』(角川新書)など。近著に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)。共訳に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店)。仏国家功労勲章シュヴァリエ。

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