「高齢者ドライバー問題」が解決しない根本理由 我慢と世間体の議論にある「バランスの悪さ」

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例えば、「自ら運転して移動すること」と「自らが運転せずに移動すること」という分類。ここでのキーワードは、自由度と我慢だ。

自由度として考えると、新車購入(現金、ローン、サブスクリプション)、中古車購入(同)、レンタカー、カーシェアリングなど、運転者にとって運転するための手段はさまざまあるが、「好きな時間に、好きなところに行く」という自由度の観点からも、こうした各種手段は、運転のための選択肢として同じテーブルにあると思う。

視覚や下半身の動きなどに制限を加え、高齢ドライバーの体感を疑似体験する筆者(撮影:マツダ関係者)

自動運転では、国は「個人所有のオーナーカー」と「公共交通機関のサービスカー」の2分類化をしており、この場合はカーシェアもサービスカーの一部になるかもしれない。だが、運転者の意思で自由に移動するという観点では、カーシェアもオーナーカーだといえるのではないだろうか。

また、地方部では「近所の人とは同じ乗り物に乗りたくない」とか「毎日、混雑するバスや電車に乗る都市型生活は、移動中の個人空間が確保できないので憧れない」といった声をよく聞く。つまり、「移動中に他人との関わりで我慢したくない」という意味での、“我慢”の反語としての“自由度”だ。

地方ほど気になる“世間体”も考慮が必要

もう1つ重要な移動の分類がある。それは“世間体”だ。

クルマは、今も昔もステータスシンボルという意味合いがある。実際、自動車メーカーも商品開発の際、ターゲットユーザーで個人年収を想定する場合が多い。日本固有の文化であるミニバンについても、トヨタ「アルファード」「ヴェルファイア」を頂点とするミニバン・ヒエラルキーが存在し、ご近所に対する世間体を気にする人も少なくない。

軽自動車は、クルマ全体のヒエラルキーの中では低い位置だと思われがちだが、複数台を所有する人が、近所の買い物などに便利な“シティコミューター”として使うケースも増えている。

そのほか、高齢者がタクシーを多用すると「あのうちは贅沢だ、といわれかねない」という指摘も各地でよく聞く話だ。また、高齢者の1人暮らしでタクシーを呼ぶと「あそこの息子さんや娘さんは親に対して冷たい」といったような、世間体に関するさまざまな話が出てくる。

こうした移動に対する自由度、我慢、そして世間体といった文脈は当然、地域差や個人差があるが、一般論では高齢者は若い世代と比べて強まるように思う。高齢ドライバー問題の解決に向けては、さまざまな視点から社会の実態を直視することが重要だ。

桃田 健史 ジャーナリスト

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ももた けんじ / Kenji Momota

桐蔭学園中学校・高等学校、東海大学工学部動力機械工学科卒業。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。海外モーターショーなどテレビ解説。近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラファイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

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