毎週完売する「幻のチーズケーキ」誕生の裏側 温暖化につながる牛の放牧は「悪」なのか?

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「自分たちのお菓子作りにとって理想の牛乳を目指すためには、牛にとってストレスフリーな環境、すなわちつなぎ飼いの牛舎式ではなく、ストレスが少ないと思われる放牧式の酪農に興味を持ちました。しかし、放牧であっても、牛は餌を食べるとメタンを発生させ、げっぷという形で放出することに変わりはありません。牛にとってストレスレスであると同時に、温室効果ガス排出削減を考慮した酪農ができないかと考えました」

牛は、胃で餌を消化する際に、温室効果が二酸化炭素の25倍あると言われるメタンを作り出す。そのため、地球温暖化を思議するうえで悩みの種となる。

「理想を追及したい気持ちがある一方で、海外、特にアメリカでは地球環境の妨げになる酪農を敵視する傾向も強い。自社で牧場を運営するべきか迷った」

そう当時を思い返しながら胸中を明かす。

欧米では、地球温暖化やアニマルウェルフェアの観点から、非効率的ともとれる酪農に対して疑問視する声が少なくない。信じられないかもしれないが、“牛=悪”といった見方さえある。「酪農は時代に逆行することなのではないか?」。揺れる思いと向き合うため、長沼氏は2018年にBAKEの経営から離れると、渡米を決意する。

「フェイクが増えるからこそ本物に価値が生まれる」

「驚きました。植物由来の『人工肉』やタンパク質などを培養した『培養肉』、植物由来の牛乳が当たり前のようにスーパーマーケットに陳列されていた。街で歩いていると中学生のような子どもたちから培養肉に関するアンケートを求められるなど、子どもから大人まで大きな関心を寄せている話題になっていた」

しかも、食べてみるとそれなりに美味しく、価格帯も普通の肉や牛乳よりも安いこともわかった。「近い将来、日本でも普及し、食卓に並んでいる姿が想像できた」、そう微苦笑する。

長沼氏は、スタンフォード大学の客員研究員として1年ほどシリコンバレーに滞在するなかで、現在進行形の農業や酪農について学びながら、さかんに情報交換を行った。その末にたどり着いた答えが、「フェイクが増えるからこそ本物に価値が生まれる」ということだった。

「植物由来の製品が浸透したとしても、特別な日、つまりハレの日ともなれば、本物の美味しい製品を求める人はいるはずです。自分の強みはお菓子。嗜好品であるお菓子を植物由来の牛乳で作れば、お菓子の価値が下がってしまうだろうと。本物を追求することで、かえってこれからの時代は付加価値が高くなるのではないかと思いました」

追い風も吹く。カリフォルニア大学デービス校などの研究の結果、放牧式であれば、牛が糞尿をまき、土を踏み固め、草を食べて刺激を与えることで、土が健康になり、二酸化炭素を土に留めておく割合が増えることがわかったというのだ。

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