「子供は挫折で育つ」とプロ指導者が実感した理由 仁志敏久が明かす「負け戦」が与えてくれるもの

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子供たちが大金や高価なものを持っていることはほとんどありませんが、小さなものでもなくなれば気分は悪い。そうならないためにあらかじめ注意を喚起しておくのです。

命にかかわることだけでなく、大会中に必要のないイヤなことに遭遇しないように気をつけるのも私たちの役割です。

経験させたいことと経験させたくないこと。どちらに対しても大人はよく考えて準備し、子供たちにもしっかりと準備をさせる。野球の試合に臨むだけではないという意識をチーム全体で共有することが大切です。

短期間で作り上げられたチームとはいえ、寝食を共にした仲間たちと優勝をめざしてひたむきにプレーした時間は尊い。大会後半になれば、「もうすぐ終わってしまう」「優勝したい」「でも早く家に帰りたい」など、心の中は複雑に揺れ動きます。

ワールドカップは台湾の台南市での開催が通例となっており、ホテル、球場ともに環境は素晴らしいのひと言。とくに圧倒されるのは台湾戦の観客動員数。以前は台湾のプロ野球チームの球場を使っており、スタンドの収容人数は1万人を超えます。

台湾の少年野球はレベルが高く、決勝には決まって顔を出すのですが、その決勝戦は球場がほぼ満員になります。

2019年からは、同じ台南市に新設された観客2、3千人収容の少年野球専用の球場での開催となりました。以前から日本の子供たちにもあの大観衆の中で試合をさせてあげたいと思っていましたが、子供たちの頑張りにより、2019年についに超満員のスタンドの中、決勝戦で台湾に挑むこととなりました。

日本代表の子供でもさすがに超満員の観衆の中で野球をしたことはありません。ただでさえ決勝の緊張があるのに、スタンドからは台湾応援団の猛烈な熱気。圧倒されるのも当然です。普通の少年野球ではとても味わえない雰囲気。私も感無量でした。

ワールドカップで日本勢初の決勝進出となったこの大会、子供たちの必死の頑張りも一歩届かず、0―4という結果に終わりました。残念ながら世界一は逃したものの、準優勝。立派な成績です。

表彰式中、泣いてしまう子も

試合後の表彰式と閉会式を控え、悔しさをこらえきれない日本チームの子供たちは周囲の目もはばからず涙が止まりません。

「ほら、表彰式が始まるぞ」

そんな姿を愛おしく見ながらも行動を促します。シクシクと泣きながら整列する日本チームの子供たち。予選、スーパーラウンドと目覚ましい活躍を見せた日本チームからは個人賞に選ばれる子も出ました。台湾、韓国、アメリカ、中南米などの強豪国を相手に準優勝、個人賞にからむ活躍は誇らしい結果です。これから成長していくうえで、最高の思い出と自信を身につけたのではないかと思います。

表彰式が終わり、チームで記念撮影をしようという流れになりました。

「はい、並んで!」「ほら、お前もっとこっち」、まとまって「はい、チーズ!」。

気づけば、そろそろ笑顔も見えてきています。「子供は切り替えが早いな」と笑みを浮かべつつ子供たちを見回すと、まだ泣いている子が。ということは、表彰式中ずっと泣いていたのでしょう。

大会関係者が個人賞をもらった子をそれぞれ写真に収めようと、一人ひとり呼んで写真を撮っています。それでもその子はまだ泣いている。

「おい、まだ泣いてんのか」

そこにいた日本チーム関係者の大人たちは、みな「まったく、しょうがないな」という表情で慰める。慰めたところで収まらないことはわかってはいるのですが。

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