静岡からわずか2km、JR「山梨リニア工事」ルポ 同じ南アルプスでも湧水少なく、掘削は順調

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掘った後は、爆破で出た岩をクラッシャーという機械で細かく砕いて、ベルトコンベヤーで外に排出した後、外壁にアーチ型の鋼製支保工をはめ込んで地盤を支え、コンクリートを吹き付けて壁面を固める。さらにトンネル中心部から放射状に穴を開けて長さ3mのロックボルトを打ち込んで補強する。この作業を1日に3〜4回繰り返すので、1日に3.6〜4.8m進むという計算だ。これはNATM(ナトム)と呼ばれる、地盤が強固な山岳トンネルでは一般的な工法である。

JR東海山梨工事事務所の中川隆広所長は「これまでで最も大変だったことは何か」という報道陣の質問に対して、しばし考え込んだ後、「特に思い当たらない」と苦笑いした。

今後1年程度かけて、残りの800mを掘る。その後の本線工事では、静岡との県境が目と鼻の先だ。静岡に入るとすぐに断層帯にぶつかる。JR東海の担当者は、静岡側の工事はまだ先の話としたうえで、「工事開始前に一度立ち止まって、地域の住民のみなさまにしっかりと説明して、ご納得いただいてから工事に着手したい」と話す。

山梨工区の工事は淡々と進むが…

バンに乗って、来た道を引き返し、広河原非常口から地上に出た。広川非常口の前には約700坪の作業ヤードがあり、トンネルへの送風設備、作業員詰め所、発生土の仮置き場などがある。自然のど真ん中に造られた人工物であるが、周囲の環境に配慮するため、希少種の生息地を回避するような検討をしたほか、作業中も生態系へに影響与えないような対策を施すといった環境対策を施しているという。

工事が順調に進む山梨工区も、着手すらできない静岡工区も同じ南アルプスを構成するエリアであることは変わりない。しかし、JR東海が行った環境影響評価を山梨県は問題なしとした一方で、静岡県は不十分だと批判する。

2月22日付記事(「静岡リニア批判、隣県・市町と比べ際立つ過激度」)でも記したとおり、山梨県リニア交通局は、「静岡県さんと比べて南アルプスの環境問題をおろそかにしているということは絶対にない」としている。山梨県も静岡県も環境保全に対する姿勢は同じはずなのだ。

静岡工区の遅れにより、リニアが2027年に開業することは不可能になった。それでも、「早期開業を望む声に応えることができるよう、工事のペースを落とすことなく、安全に、環境にも配慮しながら取り組んでいく」と、中川所長は話す。

いつ始まるかわからない隣の静岡工区への思いを断ち切り、トンネルの最前線では黙々と作業が続けられている。山梨工区の工事完了予定は2025年10月だ。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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