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豪州出身34歳の彼が京都でビール造りに励む訳 教師として来日したが気づけば夢を叶えていた

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  • 村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター
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トムさんはオーストラリアのシドニーで生まれた。

「シドニーはオーストラリアでいちばん大きい街と言われるけど、都市部はそれほど大きくありません。自動車から20分ほど離れるとゆったりとした町並みになります」

川沿いの町で、子供の頃は釣りをしたり、小さなボートで遊んだり、ウェイクボードをしたりして元気に育った。

「父はビジネスマンでした。母は13人兄妹のすごい大きなファミリーでした。いとこは100人近くいました」

人数が多すぎるので親戚が全員集まることはなかったが、それでもいとこで同士よく遊んでいた。

「高校のときはいとこたちと普通の友達みたいによく遊んでいましたね。高校を卒業した後は、進学はせずいったん働いてみることにしました。庭師や大工など、肉体労働を選びました。ビジネスマンにはなりたくなかったですね」

ちなみにオーストラリアではビールはとても飲まれているという。

「若い頃は、大手メーカーが造るビールを飲んでいました。社会人になって、もうちょっとお金を出しても、いいビールを飲もうという気持ちになりました」

オーストラリアは日本と比較して、お酒を醸造するハードルが低い。販売目的で製造する場合は許可を取らなければならないし、税金もかかってしまうが、個人的に飲むためのお酒なら自由に造ってよかった。

「自分の家でビールを造っている人はたくさんいましたよ。釣具屋さんくらいの感覚で、あちこちに『ホーム・ブルワリー・ショップ』がありました」

日本ではなじみのない『ホーム・ブルワリー・ショップ』だが、麦やホップなどの材料やタンク、瓶など自宅でお酒を醸造するのに必要な物はなんでも売っているという。

ビールのブルワーになるのは夢の1つだった

トムさん自身は、22~23歳からビールを造り始めた。

「将来、ビールのブルワーになるのは夢の1つとして当時から持っていました」

トムさんは旅行が好きで19歳のころからあちこち1人で旅に出ていた。

肉体労働をして貯めたお金を使って、海外旅行に行くことにした。オーストラリアのすぐ北にあるため、地理的に行きやすいバリ島に手始めに行った。

「バリ島に行って、そのまま東南アジアに行きました。3カ月の旅の予定が、10カ月以上になりました。帰るときには飛行機チケット以外には10円くらいしか現金が残ってなかったですよ(笑)。ヨーロッパにも行きましたけど、ヨーロッパは物価が高いのですぐにお金がなくなってしまいました」

長期にわたる海外旅行を経て、オーストラリアに帰国した後、トムさんは国際的に仕事をしたいと思うようになった。

まだ具体的には何がしたいかはわからなかったが、とにかく大学の国際科に入学した。

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【トムさんは日本のことをどう思っていた?】

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