紀州のドン・ファン裁判が「超難航しそう」な訳 和歌山カレー事件と共通する「状況証拠で逮捕」

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さらに状況証拠だけで起訴した場合は、裁判に負担がかかる。林死刑囚の1審だけでも、証拠数約1700点、開廷回数は95回、約3年7カ月に及んだ。しかも今回は、毒物カレー事件当時にはなかった裁判員裁判で裁かれることになる。捜査当局はひょっとすると、裁判員裁判ならば「消去法」の立証で有罪に持ち込めると見込んでいるのかも知れない。

ところが、その裁判員裁判では、私が過去に傍聴取材した中に、状況証拠の積み重ねで死刑が求刑されたにもかかわらず、無罪が言い渡されたものがある。

2009年6月、鹿児島市で当時91歳と87歳の老夫婦の家に金品を奪う目的で侵入し、2人を殺害したとして70歳を過ぎた無職の男が強盗殺人の容疑で逮捕、起訴された事件だ。男は捜査段階から一貫して容疑を否認、無罪を主張していた。

鹿児島地方裁判所で開かれた裁判員裁判では、被告人に直接結び付く証拠がなかった。唯一、現場で荒らされたタンスや割れた窓ガラスに付着した指紋と細胞片のDNA型が被告人のものと一致していたが、被告人は「犯行現場に行ったこともない」と供述し、弁護人は「真犯人の偽装か、捜査側の捏造の可能性がある」と主張していた。

殺害に関わったとは断定できない

2010年12月10日の判決で、鹿児島地裁は指紋やDNA型の「鑑定は信用できる」と被告弁護側の主張を退けた。ただ、それも過去に現場に立ち入った事実が認められるだけで、殺害に関わったとは断定できないとした。

さらに、凶器とみられるスコップには指紋が検出されなかったことや、被害者が100回以上も顔や頭を殴られていたこと、現金が現場に残されていたことから、動機について怨恨を疑わせ、検察の主張する強盗殺人には疑問が残ることなどを指摘。

「真相解明の捜査が十分に行われたのか疑問」とまで述べ、「この程度の状況証拠で犯人と認定することは、『疑わしきは被告人の利益に』の鉄則に照らし許されない」「証拠を総合しても、被告人を犯人と推認するには遠く及ばない」として無罪を言い渡している。これが殺人事件の裁判員裁判で、初めての無罪判決となった。

果たして、今回の事件はどうか。今のところ県警は、須藤容疑者の認否を明らかにしていない。逮捕翌日の29日には送検された。ここから起訴までの最大で20日の勾留期間中に、須藤容疑者が“落ちる”、すなわち自供がとれれば、事件はまた違った展開になる。おそらく捜査もそこに“勝負”をかけているはずだ。これからしばらくはこの事件の末路を左右する1つのポイントとなることは間違いない。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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