西田敏行「男らしさに囚われない」名優の魅力 「男は黙って〇〇」が美学とされた時代の異端者

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映画『自虐の詩』の主役・中谷美紀の父親役も捨てがたい。なかなかのクズ父で、強欲な恋人(名取裕子)のために強盗を働き、川俣軍司ばりに白ブリーフ一丁で逮捕される。その後、娘が勤める中華屋にひょっこり現れ、自然と居座る。昭和の有名な事件の犯人の要素を詰め込んだような人物だった。でも、憎めない。

愛らしさでいえば『ステキな金縛り』の更科六兵衛役も3本の指に入れたいところ。人間じゃなくて、ある殺人事件の証人として法廷に立たされる落ち武者の幽霊だ。哀愁漂う落ち武者スタイルの幽霊だがちっとも怖くない。ダメ弁護士役の深津絵里に振り回されるのが愛らしくてね。

熾烈な闘いや醜い争いから身を遠ざけた人の心に潜む、狡猾さや臆病な部分も浮かび上がらせつつ、芯にあるのは人としての優しさ。単純に見えて実は複雑な男の心根を、西田はさりげなく的確に演じてきた。逆に、映画『学校』では社会の仕組みからこぼれた人々の心の拠り所となる、夜間中学の教師役。こぼれた人から教わることがいかに多いか。こぼれた側を演じることが多かった西田は適役だった。

劇中劇で光るエンターテイナー

歌手としてMCとしても才能を披露してきた西田。ドラマや映画の中に舞台が登場する「劇中劇」系でも、そのエンターテイナーっぷりで魅了。私が観た限りでは劇中劇の元祖は『淋しいのはお前だけじゃない』(1982年・TBS)だ。

西田が演じたのはサラ金(今でいえば闇金)の取り立てを生業とする男・沼田。ヤクザの愛人(木の実ナナ)が大衆演劇の役者(梅沢富美男)と駆け落ちしたのをかくまったがために、借金2000万の連帯保証人にさせられてしまう。アコギで膨大な利息がつく借金を返済するために、大衆演劇の一座を結成する物語だ。

毎回「名月赤城山」「瞼の母」「忠臣蔵」など、物語に添った演目のシーンがあり、劇中劇が見事に物語に重なっていく。西田の張りとボリュームのある声、くっきりした二重は大衆演劇でここぞとばかりに生かされ、外連味たっぷりに演じる。コメディだが、闇金に手を出して苦しむ人々の憂いと情けなさをシニカルに描いた社会派ドラマでもある。

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