習い事は「何を学ぶか」も大切ですが、それよりも「誰に学ぶか」のほうがはるかに大切です。このことは、多くの親が過去に経験してきたのではないでしょうか。物理が嫌いになるのは、物理を上手に教える先生に出会っていないから、算数が苦手になったのは小学校の先生が嫌いだったからといったケースはよく聞くところです。とくに感受性の強い子どもは、「誰が教えるのか?」が極めて重要な判断基準になります。
習い事に行きたくないと言われた場合
さて、ここまで始めるまでの判断基準についてお伝えしてきましたが、せっかく始めたのに子どもが「行きたくない」と言い出してしまう。多くの親が直面することの1つです。
そうしたとき、親はどう対応したらいいでしょうか。通常は、「簡単にやめてはいけない」と考え、そのまま行かせることも多いでしょう。本当に嫌がって、どうしようもなくなってからやめさせる親も多いのではないでしょうか。
しかし、「行きたくない」といっても、大きくは次の3つのパターンに分かれます。この3つのいずれに当てはまるかで対応を変えてみてはどうでしょうか。
これが最も多い原因です。先生にたまたま怒られたとか、友達と気まずい雰囲気になったといったことが、このケースに当てはまります。一時的、一過性の問題であるため、その習い事自体が嫌いになっているわけではありません。その場合は、「さっさと行っておいで」と勢いで行かせてしまいます。
駄々をこねるように何度も「行きたくない」と言う場合があります。このような場合は、「わかった。そんなに行きたくないなら、やめよう!」と言ってみてください。子どもは親がやめないように説得してくることを“期待”していることがあり、その“期待”を裏切るのです。すると、子どもは「行く」と言い出すことがあります。そのようなときは、本当に行きたくない、やめたいのではなく、親がどういう反応をするか試している可能性があります。ですからこのような場合は子どもに行くように説得はしません。説得すればするほど「行かない」と意固地になるからです。
この場合は基本的にやめさせます。心が離れている段階では、もはや継続しても意味がほとんどないからです。しかし、次のような心配をされるかもしれません。
「興味がなくなったからと言って、すぐにやめてばかりだと我慢強い子にならないのではないでしょうか?」
確かに、「継続は力なり」は正しいです。継続していれば、伸び方に差はあれど、それなりに伸びていくとはよく言われることです。しかし、やりたくないことを我慢して継続することに果たしてどれだけの意味があるでしょうか。とくに子どもの頃は好き嫌いがはっきりしているので、嫌いな状態で継続しても、力になるどころか、ますます嫌いになるだけということもあります。
継続する前提として「やりたいこと」「好きなこと」「ワクワクすること」が根底にあり、そのうえで、一時的に嫌なことがあっても続けると伸びていくと筆者は考えています。
たまたま大好きな習い事に出会い、それを深く追求し、継続して極めていくということもあるでしょうが、複数の習い事を浅く広く「経験する」ことで、それらの「経験」がその後の人生に役立つということもよくあることです。ですから、継続は大切ですが、なんでも継続すればいいというものではないと考えておくといいでしょう。
以上、習い事をはじめるうえで、事前に知っておいたほうがいいことをまとめました。今後の指針にお役立ていただければと思います。
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