スーチー氏拘束を率いた司令官の切迫した事情 クーデターの支えに一体何が存在しているのか

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今回SNS上では、2020年総選挙に際して、ミン・アウン・フラインがあるシナリオを描いていたとのうわさが飛び交った。軍系政党が一定議席を獲得して自らが大統領になる「プランA」。大敗した場合はクーデターを敢行するという「プランB」。やむなく「プランB」を実行に移した、というものだ。

プランの真偽は別にして、選挙結果次第で大統領になるチャンスはあった。大統領選出の仕組みはこうだ。選挙を受けて国会の上院と下院の民選議員からそれぞれ1人、両院の4分の1を占める最高司令官指名の軍人議員団から1人の計3人を副大統領に選ぶ。この中から全員投票で大統領を選ぶのだ。

つまり、ミン・アウン・フラインはまず軍人議員団の推挙で副大統領となる。軍系政党とその友党が改選議席の4分の1を獲得していれば、国会議席の過半数を占めて大統領に選出される。ハードルはそんなに高くなかったが、軍系政党は惨敗した。

冒頭で「選挙不正」がクーデター正当化の理由になりえるのか、と提起したが、スー・チー政権を誕生させた2015年総選挙でもスー・チー側が「不正」を訴えて大騒ぎになった。軍系政党の票の買収疑惑に加え、今回と同様に有権者名簿の不備に起因するものもだ。名簿に欠落や重複があまりにも多く、NLDは、選挙前に修正版を発表した選挙管理委員会に「依然3~8割が誤りだ」と猛反発した。結局はNLDが大勝。当時のテイン・セイン政権の選管は異議申し立てを受け付け、まがりなりにも調査を行って騒ぎは収束した。

今回はスー・チー政権の選管だ。「不備」は予測できる。調査要求を一切拒否したというなら民主主義のプロセスを無視したことになり、ミン・アウン・フラインの主張にも「一理」はある(とは言えクーデター正当化の理由にはならないと思うが)。

見逃せないロヒンギャ問題

ミン・アウン・フラインが最高権力者の地位にこだわった個人的理由の1つとして、ロヒンギャ問題は見逃せない。国軍は、ロヒンギャ武装組織への掃討作戦に対し、国連や米欧から「民族浄化だ」と厳しい非難を浴びてきた。作戦は、武装組織による治安部隊への同時多発テロが引き金となったが、国際司法の場でミン・アウン・フラインら国軍幹部は訴追の対象だ。権力を手放せば、2期目に入ったスー・チー政権が国際的な圧力に屈し、拘束などのリスクにさらされる可能性が生じる。

スー・チーは、オランダでの国際司法裁判所の審理に出廷し、国軍の作戦に「行きすぎ」を認めたが「ジェノサイド(集団虐殺)の意図」は否定した。スー・チーも国際的な非難を浴びて「堕ちた偶像」とまでこき下ろされた。

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