冨山和彦「江副リクルートは、日本の宝だった」 1980年代から「21世紀型の経営」を実現していた

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――鉄鋼、自動車、電機などの製造業が全盛だったあのころ、情報を含め「サービスは無料」が常識でした。富士通がコンピューターのハードを売るために、システム構築を1円で請け負おうとした「1円入札」が話題になった時代です。「サービスしておきます」は「タダにします」と同義で、「サービス=付加価値」という概念はありませんでした。

後に世界経済の牽引役は製造業から知識産業に移るわけですが、これはプレーする競技が野球からサッカーに変わるほどの大きな変化でした。野球が得意だった日本は、なかなかサッカーに適応できませんでした。東大の私の同級生が就職したのは典型的には新日鐵(現日本製鉄)や興銀(現みずほフィナンシャルグループ)で、私がBCGに就職すると言ったら「それは製薬会社か」と勘違いされたくらいです。

――冨山さんが東大を卒業した1985年は、リクルートが紙の情報誌ビジネスからコンピューター・ネットワークを使った情報産業へと大きく舵を切った年でもあります。東大生の冨山さんはリクルートをどう見ていましたか。

どんな組織にも1〜2%はアウト・ライヤー(統計学の「外れ値」=例外的な人間)がいて、当時で言えばそういう人たちが就職したのがリクルートか外資系のコンサル会社や投資銀行でした。同世代ではのちにマネックス証券を立ち上げる松本大さんがソロモン・ブラザーズに、藤原和博さんがリクルートに行き、私は外資系コンサルのBCGに行きました。

日本にも、ようやく「起業する環境」が整ってきた

――起業という選択肢はありませんでしたか。

冨山 和彦(とやま・かずひこ)/経営共創基盤(IGPI)IGPIグループ会長。日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)設立。パナソニック社外取締役(写真提供:経営共創基盤)

それはなかったですねえ。当時はベンチャー・キャピタル(VC)もないし、銀行は学生なんかにお金を貸してくれません。私はVCに興味があったので、日本で唯一、それに近い仕事をしていたジャフコ(当時の社名は日本合同ファイナンス)の就職説明会に行ったんですが、「なんで東大生がウチに来るんだ?」と不思議がられました。

――CDIを立ち上げた後、冨山さんはスタンフォード大学に留学してMBA(経営学修士)を取得しています。そのころからアメリカでは学生の起業が盛んでしたね。

当時も今も変わりません。最近、スタンフォード大の関係者に会って「僕の後輩たちはどんな進路を選んでいるのか」と尋ねたら「君がいたころと変わらないよ。一番優秀な連中は起業する。どんな会社を立ち上げるか決められない連中はモラトリアムでVCに行く。その次のグループが古くて大きな会社に入る」と教えてくれました。その古くて大きな会社というのがゼネラル・モーターズ(GM)やゼネラル・エレクトリック(GE)ではなくて、アップルとグーグルなんです。

起業する環境という意味では、日本もようやく僕がスタンフォードにいたころのアメリカに追いついた感じですね。東大生も当たり前に起業するようになってきた。まだ領域はAI(人工知能)など一部の領域に限られていますけどね。

――それにしても、ここまでが長かった。高度経済成長の後、日本は「新しい会社」が生まれない国になってしまいました。鉄鋼、自動車、電機といった巨大製造業や大銀行がずっと経済界を寡占してきました。

1980年代から日本の経済界は、病的なまでに新陳代謝を嫌うようになりました。製造業、大企業が「古き良きもの」と尊ばれ、情報産業、ベンチャーは「いかがわしいもの」と異常なまでに忌避された。これまで野球をやってきた人にとって、種目がサッカーに変わるのは得になりませんから、ある程度の抵抗勢力がいるのはわかりますが、日本のベンチャー嫌いは極端です。高度成長の成功体験が長すぎたのかもしれません。

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