飛行機が飛ぶ高さを登っている
──頂上では達成感とともに思いっ切り深呼吸、かと思ってました。
喜びに沸く場面をひっくり返して、底が見えない深い沼を想像してみてください。息を止めて潜り、ようやく底に手が着いたとき、「やったー! ここで少しゆっくりしていこう」とは、たぶんならないですよね。息が続くうちに水面へ浮上しなきゃいけないと思うと、水底にとどまるなど、とんでもなく不安。それと同じことを私たちは頂上で感じます。ベースキャンプが安全地帯とすれば、そこからいちばん遠くていちばん空気がない所。1センチメートルでも2センチメートルでも早く標高を下げたい、早くその場から離れたい、そんな思いが圧倒的に強い。
──余韻に浸るどころではない。
360度、何の生命感もないデスゾーンです。酸素は薄く湿度ゼロ。生き物がとどまることを拒絶している。風の音、自分のゼエハアという呼吸音、心臓の音が、普段の生活では経験しえないけたたましさで鳴り響く。自分の体が限界を超えているのがわかります。
高度8000メートルはちょうど国内線の飛行機が飛ぶ高さ。その窓の外を生身の人間が登っているわけです。大気中の水蒸気による揺らぎがないから、星は瞬かない。すべての星がピカーッと光り空全体が発光している。自分の視線のずっと下まで星空が広がっている、まさに宇宙空間。本当に恐怖と不安の世界です。
──登りと下りとで、気持ちの違いみたいなものはあるんですか?
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