プロ登山家が下山こそ重要と考える納得の理由 8000メートル峰14座登頂した竹内洋岳氏が語る

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私は登ることと下ることを分けて考えていません。ベースキャンプから1つの輪がスタートしたなら、登って頂上を通過して、ベースキャンプに下りてきたときに、自己完結の輪が閉じる。閉じたとき、頂上が輪のどの部分だったかがわかるだけの話です。登山のピークは必ずしも頂上ではなく、登頂したといえるのはベースキャンプに帰ったとき。8000メートル峰は自然とそう思わざるをえない環境で、ベースキャンプに帰り着くまで緊張は解けません。

ガッシャーブルム2峰で背骨破裂骨折

──10座目に挑んだガッシャーブルム2峰では、6900メートル付近で雪崩にのみ込まれ、背骨破裂骨折の大ケガを負われました。救助されたとき「助けなくていい」と叫んだ、という話が出てきます。

錯乱状態でそう叫んでいたと、後から聞かされました。私の登山は、自分の足で登り自分の足で下りてくることで完結する。死んでもいないのに自分の足で下りないのは、自分に課した課題からは大きく外れてしまう。それを私は受け入れることができなかった。そんな私を助けるために、これから自分自身の登山をしていく仲間たちが危険を冒すことも、絶対に望まない。あのガッシャーブルム2峰はいちばん悔いが残る山でした。

復帰後は、背骨を固定するシャフトで体の可動範囲が狭まり、折れて変形した肋骨が神経を圧迫して激痛に襲われたりと、厳しい登山が続きました。壊れた機械をだましだまし使っていく感じ。大切に14座下り切るところまで使い切らなきゃいけないという感覚が、そこから一気に高まりましたね。

──そして2012年のダウラギリで14座完全登頂を達成された。

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