石破氏、「孤立の果て」に派閥会長辞任の哀愁 派閥は空中分解の危機、ポスト菅レースに影響

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これまで石破氏は「なぜ首相を目指すのか」との問いに「総理(首相)になるのは手段であって、目的ではない」と答えてきた。総裁選出馬についても、「自民党は勇気をもって自由闊達に真実を語る政党であるべきだ。違う意見を持っていれば、議論を戦わせるのが総裁選のあるべき姿だ」などと述べ、堂々とした論争こそが自民党の活力の源泉だと主張してきた。

だからこそ、安倍1強によって党内でも「長いものには巻かれろ」とばかりに忖度が横行し、「物言えば唇寒し」の雰囲気に逆らう形で、首相批判を続けてきた。ただ、過去の離党歴などから、「いつも後ろから鉄砲を撃つ」などの反発も広がり、それが党内的孤立を加速させてきた。

好きな戦国武将は明智光秀

石破氏が自民党トップの座に最も近づいたのは2012年9月の総裁選だった。民主党政権下の当時、安倍、石破両氏に加え、町村信孝元官房長官(故人)、石原伸晃幹事長(当時)、林芳正政調会長代理(同)の5氏が立候補。当初有利とされた石原氏が度重なる失言で失速し、議員票と党員・党友票の合計で1位の石破氏と2位の安倍氏の決選投票にもつれ込んだ。

議員票で安倍氏が石破氏を19票差で逆転して当選。同年12月の衆院選での自民党圧勝を受けて、安倍氏が首相に再登板した。

石破氏は党ナンバー2の幹事長に就任したが、安倍首相が実現を目指していた新安保法制をめぐる意見対立などから、2014年9月の人事で新設の地方創生担当相に転身。2015年9月の総裁選では現職閣僚であることを理由に出馬を見送る一方で、石破派を結成。その後の党・内閣人事で地方創生相に留任したが、2016年8月の党・内閣人事で安倍首相の入閣要請を固辞して無役となった。

満を持して挑んだ2018年9月の総裁選では、3選を目指す安倍首相との一騎打ちとなり、党員票では45%を獲得して善戦したが、議員票は73票にとどまった。それでも、いわゆる「モリカケ疑惑」などによる安倍批判の高まりもあって、次期首相候補での人気ナンバー1の位置をキープし続けたが、8月末の安倍首相退陣表明を受けた9月の総裁選では、党内の圧倒的支持を得た菅首相に惨敗した。

石破氏が好きな戦国武将として必ず挙げるのが明智光秀だ。今年のNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公で、石破氏は「たとえ、どのような迫害を受けても次の時代に評価をされる」とその理由を語る。ただ、党内では「石破氏はあえて、主君・織田信長を討った謀反人のイメージを自らに重ねている」(石破派若手)と受け取る向きが多く、「三日天下どころか、その前に雑兵出身の武将(菅首相の意味)に討ち取られた」(細田派幹部)と揶揄されている。

アイドル好きという意外な側面もある。特に、学生時代から1970年代のトップアイドルグループ「キャンディーズ」の熱狂的ファンで、いまでもカラオケで「キャンディーズメドレー」を熱唱する。

キャンディーズと同世代の石破氏は、2021年2月には64歳になる。12月に72歳となる菅首相に比べればほぼ一回り若く、ポスト菅を狙う岸田氏とは同い年で、同氏とともに次期首相候補に名前の挙がる茂木敏充外相や加藤勝信官房長官より2学年下。「政治家としてはまだまだ働き盛り」(自民長老)だ。

1977年夏に突然引退宣言したキャンディーズになぞらえれば、石破氏の心境は「普通の議員に戻りたい」ようにもみえる。その一方で「やめられないこのままじゃ」(「ハートのエースが出てこない」の歌詞)という本音もにじむ。来春、再起を後押しするような「春一番」が吹くのだろうか。

泉 宏 政治ジャーナリスト

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いずみ ひろし / Hiroshi Izumi

1947年生まれ。時事通信社政治部記者として田中角栄首相の総理番で取材活動を始めて以来40年以上、永田町・霞が関で政治を見続けている。時事通信社政治部長、同社取締役編集担当を経て2009年から現職。幼少時から都心部に住み、半世紀以上も国会周辺を徘徊してきた。「生涯一記者」がモットー。

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