自宅で取材なんて不可能と思う人の大きな誤解 アメリカの調査報道はコロナ禍で激変した

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アイボリー記者の取材チームはそうしたデータを分析し、5月に「死者は全米で4万6400人」「全米のコロナ死者の3分の1が長期高齢者介護施設の入居者・介護者」という事実を突き止め、報道した。前回の報道で伝えた犠牲者数の実に6.6倍。この驚くべき事実を明らかにしたのである。

コロナ禍の調査報道が浮き彫りにしたのは、社会的弱者から犠牲になっていく実態だった。

IRE国際会議でニューヨーク・タイムズ電子版の記事を紹介するアイボリー記者。8月13日付の続報では「高齢者介護施設のコロナ死者は少なくとも6万8000人」と報じた(撮影:大矢英代)

シカゴでは有色人種から犠牲に

アメリカには、世界的に知られる非営利調査報道メディア「プロパブリカ」という組織がある。そこに所属するドゥアー・エルデイブ記者はこの5月、「最初の犠牲者100人」と題した記事を公開し、「シカゴ市内でコロナによって死亡した最初の100人のうち70人はアフリカ系だった」と報じた。記事によると、シカゴ市内のアフリカ系の人口は30%であるにもかかわらず、5月上旬までの死者約1000人のうちの半数がアフリカ系だったという。

エルデイブ記者は次のように語った。

「人種別の犠牲者データがほしいとイリノイ州当局に問い合わせると、『渡せない』と突っぱねられたんです。でも、私は事前の取材で病院などから『データは存在する』という情報をつかんでいた。それで州当局と忍耐強く交渉し、人種別データを入手しました」

もっとも、データ自体は数字の羅列でしかない。そこに意味を見出すのが、調査報道専門記者の役目だ。エルデイブ記者がデータをつぶさに見ていくと、コロナ患者が亡くなっていく経緯がわかってきた。病院に助けを求めたにもかかわらず自宅待機を命じられ、死亡した人もいた。助けられたはずの命が犠牲になっていたのである。記事には、亡くなった人たちの似顔絵を添えた。彼らが息を引き取るまでの家族との会話なども丁寧に伝えた。

「プロパブリカ」のドゥアー・エルデイブ記者(撮影:大矢英代)

エルデイブ記者はさらに続けた。

「調査報道において重要なのは『なぜ』と問い続けることなんです。この問題はなぜ起きたのか。人々はなぜ亡くなったのか。そして、この報道がなぜ社会にとって重要なのか、それらを読者に伝えることでどんなことが起きるのか。そうした自問を続けることです。それにすべてのデータには人の命、それぞれの人生がある。ストーリーの核心には、人間がいることを忘れてはいけません」

(取材:大矢英代=フロントラインプレス<Frontline Press>所属。アメリカ在住)

Frontline Press

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年5月に合同会社を設立して正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や研究者ら約40人が参加。スマートニュース社の子会社「スローニュース」による調査報道支援プログラムの第1号に選定(2019年)、東洋経済「オンラインアワード2020」の「ソーシャルインパクト賞」を受賞(2020年)。公式HP https://frontlinepress.jp

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